高価な服を着た印象の薄い20代の女性――を、瞬は意識して探すようになっていた。 とはいえ、印象の薄い人間というのは、人の気に留まらないから印象が薄いのである。 しかも、(瞬が最も見慣れている人間であるところの)氷河に比べれば、大抵の人は印象の薄い人間になる。 氷河とは目指す方向が真逆でも、蘭子レベルになると、インパクトが強く、意識しなくても記憶に刻まれるのだが、問題の女性は そういうタイプでもないだろう。 万一 患者の取り違えなどがあった場合に 大事を招くので、瞬は相貌識別力の行使を惜しむことはしていないが、それは一度 見た顔を忘れることなく他者と見誤らないための力であって、印象の薄い人間を見付け出す能力ではないのだ。 アテナとアテナの聖闘士の敵というのなら ともかく、それ以外の人に恨まれる心当たりはない。 アテナの聖闘士の敵が、小さな女の子に足を引っ掛けて転ばすような嫌がらせをすることは考えにくく、問題の女性がアテナの聖闘士の敵ということはないだろう。 では、彼女は何者なのか。 無差別に 面識のない人間に被害を加える通り魔は、よく『相手は誰でもよかった』と言うものだが、彼等は、たとえば、家族や知り合いを“誰でも”から除外しており、本当に『誰でもよかった』わけではない。 彼等は自身が反撃されない弱い人、あるいは 不幸な自分とは対照的に幸福そうな人を選んで、加害に及ぶ。 問題の女性が二人でも一人でも、ナターシャや氷河が 問題の女性の嫌がらせのターゲットに選ばれた理由はあるはず。 そして、おそらく、彼女(たち)は、光が丘と押上、そのどちらかの近くに 家か勤務先があるのだ。 その女性の嫌がらせは 犯罪と言うほどのものではなく、氷河にもナターシャにも実害はなかった。 だから、瞬が その女性のことを気に掛けるのは、彼女が彼女自身の行動によって 自分の内に 良心の呵責や罪悪感を養っているのではないかと、それを案じるからだった。 その原因が自分にあるのなら、その原因を消し去ってやりたいと思うから。 どれほど考えても、瞬は、その原因に心当たりはなかったのだが。 |