「おまえを四六時中 見ている特定の誰かというのは、俺だろう。俺以外に そんなことをしている人間がいるとは思いたくないんだが」 氷河が その沈黙を破ったのは、彼が自室に戻ってから。 星矢たちの前では認めたくなかっただけ――と考えれば、彼の自供は さほど不自然なものではなかったのだが、瞬は 星矢と違って、状況証拠や自供だけで犯人を特定する軽挙には及ばなかった。 「星矢と同じこと言わないで。氷河だったら、僕にはわかるよ」 ストーカーの存在には自信を持てずにいたが、それが氷河ではないことには自信がある。 そういう瞳で、瞬は、“氷河 = ストーカー”説を否定してきた。 瞬の否定を、氷河が更に否定する。 「俺の動作は一般人より はるかに速い。視線の動きも もちろん。バトルの最中というのなら ともかく、平時なら、おまえに気付かれぬよう、おまえを盗み見ることもできる。それ以前に、もし俺以外の誰かが おまえをストーキングしているのなら、俺が気付くはずだ」 「氷河は気付いていない?」 そう言われると、瞬も自信が揺らぐのか、氷河を見詰める瞬の瞳には 迷いの色が濃くなってきた。 その隙を逃さず、瞬の迷いに便乗するように、氷河は言葉を重ねたのである。 “瞬を四六時中 見ている特定の誰か”を、氷河は いないことにしなければならなかったから。 「街を歩いていると、誰もが おまえを見るが、今更 おまえの神経が そんなことに反応するとも思えんし――ストーカーは人間ではなく機械ということも考えられるぞ。今は、どこも監視カメラだらけだから、おまえは それを感じているんじゃないか? おまえは神経質すぎ、勘が よすぎるんだ」 「機械……?」 瞬は“ストーカー=機械”説にも懐疑的なようだった。 だが、さすがに、『機械だったら、僕には わかる』と言い切るだけの自信はないらしい。 氷河は、瞬の その自信のなさに付け入った。 「いや、敏感すぎ、繊細すぎると言うべきか……」 笑って、敏感すぎ 繊細すぎる瞬の肌に指で触れる。 おそらく 強く抱きしめなかったことが、功を奏した。 それだけでは物足りなさを感じる瞬の肌が、氷河の指に触れられた箇所に熱を持つことで、もっと強い刺激を 氷河に求めてくる。 言葉や合理性より確実に手っ取り早く瞬を説得するために、氷河は 瞬が身に着けているものを、意識して乱暴に剥ぎ取った。 人を傷付けることを厭うがゆえに、戦場での瞬の神経は 鋭く研ぎ澄まされている。 身体以上に 心を緊張させて戦う瞬は 壮絶なほど美しく、その姿、その戦い振りに、氷河は戦慄を覚えることさえあった。 その瞬が、氷河と二人きりでいる時には、ただただ 素直に無防備に、氷河の乱暴を許してくれる。 あげく、身体や意識を自分で制御する権利を放棄して、それを ぽんと氷河の前に投げ出すことさえ、瞬は当たりまえのことのように してくれる。 それほどに、瞬は“氷河という男は自分の敵にはならない”と信じてくれているのだから、その信頼に応えたいと思う。 瞬の信頼に応えることは、己れに課せられた重要な責務だとさえ思う。 その思いが最も強くなるのが、瞬に やりたい放題をして 自分の欲求が満たれた後であることが多い事実を すまないと思い、反省もしている。 そう思い、反省してもいるのだ、いつも。 いつも思って反省するだけだったが。 |