この世界は、炎と氷が混じり合ってできた混沌の中から生まれた。 この世界に存在する すべての命も、もちろん。 多くの命を産んだ炎と氷は、しかし、それらのものを消し去る力も有している。 炎は すべての命を焼き尽くして、氷は すべての命からエネルギーを奪い取って、地上のすべての命を死に絶えさせることができるのだ。 実際に、この世界は、地表のすべてが炎に覆い尽くされた炎の時代と、地表のすべてが氷に覆い尽くされた氷の時代を経験してきた。 そのたび その時代の人類は死に絶えたのに、炎の時代と氷の時代があったことを 今の人間たちが知っているのは、この世界に“人間”とは異なる命を持つ“神”という存在があり、その神たちが時折(気まぐれに)過去の世界の物語を人間に語ることがあるからである。 不死の神々が語るところによると、この地上世界に登場した最初の人類を滅ぼしたのは、紅蓮の炎だったらしい。 はるか昔、この地上世界にある山という山はすべて火山で、それらの火山が ある時 一斉に噴火爆発した。 燃え盛る炎が地上を覆い尽くし、海の水と湖の水と川の水は 一昼夜の内に すべて蒸発。 動物も植物も、もちろん人間も、すべてが燃え尽きた。 その後、燃え尽きた灰の中から 新たな命が生まれ、長い時間をかけて 新しい人類が地上を支配するようになったのである。 それが、炎の時代と炎の時代の後の人類。 炎の時代の後の人類の時代は 数万年 続いた。 その数万年が過ぎた後、次にやってきたのは氷の時代。 どんな命も凍りつかせてしまうほど冷たい氷が 地表を覆い尽くし、一昼夜の内に 世界で最も深い海の底までが凍結。 動物も植物も、もちろん人間も、すべてが凍りついた。 その後、融けた氷の中から 新たな命が生まれ、長い時間をかけて 新しい人類が地上を支配するようになったのである。 それが、最初の氷の時代と 氷の時代の後の人類。 氷の時代の後の人類の時代は 数万年 続いた。 その後、氷の時代は4度 繰り返され、そのたび、その時代の人類は滅び去り、新しい人類が出現した。 現在は、4度目の氷の時代の後に生まれた人類の時代だと言われている。 炎の時代と氷の時代。 そのいずれかの時代が 再び この地上に到来すれば。その時 この地上世界に生きている すべての命は6度目の滅亡を経験することになるだろう。 炎の力で滅びたにしろ、氷の力で滅びたにしろ、かつて 地上世界に存在していた すべての命を滅ぼしたのは 常に人間だった。 炎の力を持つ人間と 氷の力を持つ人間が、その力で 地上世界のすべての命を消し去ったのである。 神ではない。 神は、神を崇める人間という存在を(できる限り)失いたくないのだ。 だが、人間には、自分たちが生き続けるか 滅び去るかを、自分で決める権利がある。 神と人間は異なる命を持つ者。人間という種の存亡を神が決めることはできないのだ。 さて。 1度の炎の時代と4度の氷の時代を経験してきた、この地上世界。 今 この世界には、炎の力を持つ炎の国の王家と、氷の力を持つ氷の国の王家がある。 両王家は、炎と氷を治める役目を担う王家ということもできる。 かつて この地上世界に生きていた人類が営んでいた各時代も そうだった――異なる力を持つ二つの王家が存在していた――らしい。 炎の力を持つ王家の王は、王位を受け継いだ時、炎の力を行使する力と 鎮める力を持つことになり、氷の力を持つ王家の王は、王位を受け継いだ時から、氷の力を行使する力と 鎮める力を持つことになる。 炎と氷は、そもそも相反する性質を持ち、その二つがぶつかり合えば、地上世界自体が消滅する。 これまで 地上世界自体が消えることなく、その上にあった命だけが消えてきたのは、両王家の王が 同時に その力を行使することがなかったから。 炎の国の王が 怒りを抑え切れずに炎の力を爆発させた時には 氷の国の王が、氷の国の王が 絶望に打ちのめされて氷の力を爆発させた時には 炎の国の王が、冷静でいたから。 だから、地上世界に存在する命は すべて消えたが、この世界そのものが原初の混沌に戻ることはなかったのである。 絶大な力を持つがゆえに、両家の歴代の王は 激しい気性の者が多い。 外部に向かって激しい者、自分の内に向かって激しい者、陽の方向に激しい者、陰の方向に激しい者。 どのように激しいのかは それぞれの王によって異なっていたが、とにかく 彼等に“中庸”“ほどほど”という美質はなかった。 そこで考えられたのが、両王家の血の融合である。 超高温と超低温の衝突は 世界を消滅させることも可能なほど大きな爆発を生むが、両者に さほどの勢いがなければ、氷は炎の力を弱め、炎は氷の力を弱める力を持つ。 過去の過ちを繰り返さないために、過去の人類と同じ滅亡を避けるために、両王家は血の融合を図ってきた――否、それを両王家に“図らせた”のは、滅びを恐れる者たちの心、すなわち 民意というものだったろう。 滅亡を恐れる人々の心が 両王家の人間に それを強いたのだ。 血の融合による力の相殺を。 地上世界に存在する すべての命を守るために。 炎の国の姫を氷の国の王や王子の妻に。 氷の国の姫を炎の国の王や王子の妻に。 炎の国から氷の国にやってきた姫は、氷の国の王の力を抑え、静め、氷の国から炎の国にやってきた姫は、炎の国の王の力を抑え、静めることを期待された。 二つの王家の一方が滅びるようなことがあれば、もう一方の力が世界を覆い尽くしてしまいかねないので、二つの王家は、当然のことながら 滅びることも許されない――共存していなければならない。 両王家は常に友好的であることを求められ、両王家の王は 常に公正で理性的であることを求められる。 言うまでもなく、王の精神は正常かつ明晰でなければならない。 近親婚は心身の異常を生む可能性があるため、血が濃くなりすぎないように、両王家は 3代ごとに婚姻を結ぶのが望ましい――とされていた。 無論、両王家に適齢期の男女が揃わないことはあり、その場合には、その役目は次世代に繰り延べされる。 ――のだが。 その繰り延べが、当代で既に3度目。 炎の国の王家と氷の国の王家の最後の婚姻から数えて、当代は6代目。 もう100年以上、両王家間での婚姻は成っていない。 これは、空前絶後の異常事態だった。 炎の国に王子――現在の炎の国の王――が生まれたのは、今から20年ほど前。 誰もが 続いて 氷の国に王女が生まれることを望んだのだが、その1年後に氷の国に生まれたのは やはり男子(それが現在の氷の国の王)だった。 当然、両国の民は落胆した―― 大いに落胆した。 王子ばかりが生まれることで、得をするのは当の王子だけなのだ。 相手の国に王女が生まれないと、王子は 地上世界を炎と氷の災厄から守るための結婚をせずに済む――彼が愛する女性を妻に迎えることができる。 つまり、彼は、彼が国の王(もしくは 王子)として果たさねばならない義務を免れるのだ。 過去には、我が子が愛する人と結ばれることを願って、女子が生まれたにもかかわらず 男子が生まれたと公表した王もいたらしい。 世界の存亡を担う王でありながら、地上世界と そこに生きる人間の多くの命より、たった一人の我が子の幸福を優先させた王は、民の激しい怒りを買った。 しかし、地上世界に存在する すべての命を滅ぼす力を持つ王を排斥するわけにはいかず、かといって、王子(実は王女)を処刑することで父王の心を乱すことも危険。 民衆が 怒りをぶつけたのは、王女が恋した青年で、恋人を惨殺された王女は その日のうちに 自らの命を絶ったという。 世界の滅亡を恐れる民の思いは、それほど激烈なのだ。 この地上世界に存在する命が すべて消えるということは、“自分”が死ぬだけでなく、“自分”が愛する者たちも すべて死ぬということ。 愛する者たちの幸福な生を願う心は、王も庶民も変わらない。 20年前、炎の国に男子が生まれた翌年、氷の国に生まれたのは男子だった。 当代も 炎の国の王家と氷の国の王家の血の融合は成らないのか。 既に100年以上、両王家の婚姻は成っていないのに――。 民の不安は 頂点に達しつつあった。 とにかく王女の誕生が望まれていた。 もし次に炎の国と氷の国のいずれかに 男子が誕生したら、不安と恐怖にかられた民衆は、(王としての力を持たない)第二王子を抹殺しかねない。 当時、世界は それほど緊張していたらしい。 そんな中――いつ民衆の不安が爆発してもおかしくないという、一触即発の状況下。 炎の力でもなく氷の力でもなく 民の不安が暴動という形になり、この世界を滅ぼしかねないという危惧が蔓延し、世界が混沌としていた頃。 氷の国に王子が生まれた2年後、ついに炎の国に王女が生まれたのである。 待ちに待った王女の誕生。 民は、大きすぎる歓喜のせいで 世界が破裂してしまうのではないかというほど 歓喜した。 これで、地上世界は守られる。 炎の力で滅ぼされることも、氷の力で滅ぼされることもない。 我々と 我々の家族の命と生活が、王家の不手際のせいで 消え去ることはない――。 世界中の人間が、地上世界の存続が約束されたことに狂喜した。 不安と恐怖で荒れ狂っていた民衆の心は平静になり、落ち着きを取り戻した。 そして、炎の国に王女が誕生した その瞬間、氷河の生涯の伴侶も決まったのである。 |