「って、言ってたぞ」 瞬を責めることはできないが、氷河を責める気にもなれない。 星矢は、かなり 投げやりな口調で、瞬の言葉を氷河に伝えた。 瞬は、氷河の幸福を願っている。 そのために力を尽くすのが自分の務めだと考えていて、そうできれば嬉しいと思っている。 だが、星矢と紫龍の見たところ、瞬を そういう気持ちにしているのは、自分が氷河の運命を狂わせてしまったという罪悪感。 瞬は、氷河に 恋をしているわけではないのだ。 幼い頃、自分を男子と自覚する以前は恋だったかもしれないが、現在の瞬のそれは 限りなく恋に近い何か――恋ではないように、星矢には思われた。 「……」 瞬の健気な決意を知らされても、氷河は無言無反応だった。 それは致し方のないことである。 氷河としては まさか、『そこまで、俺のことを思っていてくれて嬉しい』とは言えないだろう。 『そこまで罪悪感を抱いていてくれて嬉しい』とは。 氷河の沈黙を、星矢たちも咎める気にはなれなかった。 「瞬は善良で、気立てもいい。おまえの幸せを一途に願っている、いい子だ。もっと小狡いところのある悪党だったら、まだ救いもあったろうに」 「ほんと、瞬が女の子だったらよかったのにな。おまえが初めて 心ときめかせた マーマ以外の人なんだし」 星矢は笑いながら からかうように そう告げたのだが、それが本当に単なる軽口で済むものかどうかは 氷河の対応による――と、彼は思っていた。 氷河が不快そうに顔を背けたら、それは冗談。 本気で怒り出したら、冗談では済まない――と。 が、氷河の反応は そのどちらでもなかった。 彼は 不快の感情を見せず、怒りもせずに、ただ無言。 それで、星矢と紫龍は知ったのである。 これは冗談では済まない事態だと。 今、氷河は、氷の国は、この地上世界は、極めて深刻で重大な局面に立たされているのだ。 氷河が初めて瞬と対面した時――瞬の澄んだ瞳に出会った氷河が、平生の彼らしくなく、“冷静”と見紛うほど静かに放心状態から抜け出せずにいた時、彼の友人たちは その沈黙と放心の意味に気付くべきだった。 あの時、この地上世界を滅ぼす力を持つ氷の国の王は――まだ若く未熟な王は――結ばれることの不可能な彼の妻への恋に落ちたのだ。 本来なら それは、実に喜ばしい事態。 運命の女神の策略かと疑いたくなるほど出来すぎの事態である。 瞬が少女でさえあったら。 せめて氷河が 地上を滅ぼすような力を持たない ただの国王だったなら、それは一つの王家の単なる後継者問題で済んでいただろう。 だが 実際には 氷河は、地上世界を滅ぼすことができるほど強大な力を持っており、『クール』を生活の目標に掲げなければならないほどの激情家。 氷河が 自身の実らない恋に冷静でいることができなくなった時、彼が どう振舞い、その結果として、この世界がどうなるのかは、誰にも予測できない――最悪の事態しか考えられない。 氷河はまだ その力を発動させていないというのに、星矢と紫龍の心身は既に冷たく凍りついてしまっていた。 |