薔薇の花の季節。
氷の国に、この時季にはあり得ない(ひょう)が降ったのは、その日の深夜のことだった。
幸い、雹の粒は さほど大きいものではなく、降ったのも王城周辺だけだったので、騒ぎが城外にまで広がることはなかったが、この出来事が城の外に洩れるのは時間の問題といえた。
氷河は、懸命に力を発動させまいと努めているのだろう。
だが、激するまいと思うほどに 氷河の制御力は不安定になり、力を制御しきれないことが、氷河の苛立ちを激しいものにし、その感情の振り幅が大きく強いものになっている。
せっかく炎の国の(一応)王女が、氷の国の王の許に嫁いできたのに、そのせいで この世界は すべての命を死に絶えさせる氷に閉ざされようとしているのだ。

「雹 !? この時季に !? 」
目覚めて 自室のベランダに小さな幾つもの氷の粒が転がっているのを見た瞬間、星矢は5度目の氷の時代の到来を予感した。
かつての氷の時代、炎の時代は、終わりの見えない大規模な戦争や 私欲のための残虐な大虐殺等、人間の醜悪と 存在の無益を否定し切れない事件が起き、人間の醜悪と暗愚に絶望したり、怒りを抑えられなくなった王たちが、世界の滅亡を望んだことによって引き起こされた――と、星矢は聞いていた。
だが、今、この世界は、ある一人の若い男が成就しそうにない恋に落ちたせいで滅びようとしているのだ。
身も蓋もない言い方をすれば、ただ一人の男の極めて個人的な欲求不満のせいで。

星矢は、死を恐れているわけではないが、こんな理由で死ぬのだけは嫌だった。
だから、彼は部屋を飛び出たのである。
すぐに紫龍が星矢に合流した。
彼も、星矢と同じことを考えたらしい。

「やっぱ、それしかないよな!」
「この際、倫理がどうこう言っていられない」
王城の長い廊下を走りながら、互いの考えを確認する。
二人が向かったのは、この国の王妃の部屋だった。






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