瞬は、チャイニーズ・マフィアの義理堅さを甘く見ていた――としか言いようがない。
聞いたことのない名前の宅配業者によって、瞬のマンションに、『徐渭私印』という落款のある水墨画が 送られてきたのは、それから2日後のとこだった。
蘭子に頼んで鑑定してもらったところ、16世紀の明代に活躍した文人・徐渭の真作で、絵も 絵に添えられている詩文の文字も傑作といい部類の墨花図巻。
保存状態も極めて良好。
市場では3000万を下らない品らしい。

「瞬ちゃんが姫様抱っこで助けた若造っていうのが、香港烏龍幇の大ボスが愛人に産ませた子供だったのよ。本妻の子供たちとの間に軋轢を生まないように、日本に留学させていたのね。歳をとってからできた子なもんで、大ボスは溺愛しているらしくて――」
「はあ」
「ま、要するに、瞬ちゃんは、上海大熊猫幇だけじゃなく、香港烏龍幇にも恩を売っちゃったのね。どっちの組織のボスも、瞬ちゃんへの お礼は、身内の命の値段――とまではいかなくても、身内の無事の値段くらいには考えてるから、安いものでは済ませられないと思ってるわけ。もうね。こうなるとね。どっちの組織からの礼も 大人しく受け取っちゃうのが、事態を丸く治める最善の方法だと思うわよ」
「そんな……」

その時だったのである。
『たとえ信じる神が違っても、たとえ信じる正義が違っても、互いに思い遣りの心を持ち、互いの価値観を尊重し、心を砕いて語り合えば、人は必ず わかり合える』
そう信じていた瞬が、『カタギの善良な市民(ただしアテナの聖闘士)には、所詮 極道マフィアの考えることは理解できない』という、冷酷な事実を認めざるを得なくなったのは。

瞬に わかったことは、香港烏龍幇の大ボスの愛人の息子を 上海大熊猫幇のメンバーと勘違いをした自分が、たまたま公園で上海大熊猫幇の大ボスの孫を助け 高価な礼をもらったことを、敵対組織の人間に教えてしまったこと。
その事実を知った香港烏龍幇が上海大熊猫幇に対抗意識を燃やして、高価な礼を自分に送りつけてきたのだということ。
つまり、3000万円相当のダイヤと3000万円相当の水墨画が 自分の許にある現況は、自業自得なのだということだけだった。






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