日本国の平均大学進学率は、ここ数年、50パーセントを超えたり切ったりを繰り返しているんだそうだ。 進学校と言われる高校の進学率は、浪人も含めて当然100パーセントだろう。 俺の通う高校の大学進学率は85パーセントだから、ウチの高校は いわゆる中堅校。 “普通”というのが何を意味するのかは 俺もよくは知らないが、これ以上なく普通。 進学校でもなく、底辺校でもない。そういう高校だ。 進学率100パーセントの進学校だと、成績が中くらいの目立ちたがりが生徒会役員を務めて 内申点を稼ごうとするんだろうが、うちみたいな中堅高校は、成績がよくて、リーダーシップがあって、教師の覚えがめでたい生徒が生徒会長になる。 で、ウチの高校は男女共学だから、男女平等の見地から、生徒会長が男子の場合は副会長が女子、生徒会長が女子の場合は副会長が男子になるのが暗黙の了解だ。 そうなるように、生徒会役員選挙の立候補者選抜の段階で調整が入る。 つまり、成績がよくて、リーダーシップがあって、教師の覚えがめでたい男子生徒であるところの俺がウチの学校の生徒会長で、成績がよくて、リーダーシップがあって、教師の覚えがめでたい女子生徒であるところの初子が副会長なのは、既定路線というか、予定調和というか、成るべくして成った状況というわけだ。 斉藤初子は、俺の幼馴染み。 中堅高校の生徒会役員になる条件をクリアしていて、その上、きかん気で、我が強くて、生意気で色気なし。 俺と初子は、学年トップの成績を交代で修めている。 これが男同士なら、互いにライバル意識をもって 張り合うのかもしれないが、男と女だと張り合おうって気にならないのは不思議だよな。 そう思ってるのは俺だけで、初子は そうじゃないのかもしれないが、ともかく 俺はそうだ。 俺は 別に差別主義者じゃないんだが、俺が主席の時は 初子が次席、初子が主席の時は 俺が次席。それがいつものことだから、負けても悔しいとは思わないし、初子を憎らしいとも思わない。 俺と初子は家が近所で、母親同士が友だち。十年来のママ友だ。 母親が二人して、俺と初子が結婚すれば、親戚になれるねーだの、苗字がおんなじだから、結婚しても名前が変わらなくていいよねーだのと、冗談を言い合っている。 初子は とりたてて美人ではないし、目立って可愛いわけじゃない。――と俺は思ってる。 初子も、俺をかっこいいとは思ってないだろう。 校内には、俺をイケてるって言う女子は多いし、初子をクールな美人だって言う男共も 結構いるんだが、俺たちは なにしろ ガキの頃からの付き合い。 ガキの頃から ずっと見てると、そういうことが気にならなくなるんだ。 俺と初子は、家族とまではいかなくても 親戚同士くらいの意識でいるから。 中学の頃には、別々に――俺には彼女っぽいものがいたし、初子にも彼氏っぽいのがいた。 高校が別になったら、自然に疎遠になっちまったけどな。 中学の頃は、反抗期まっただ中にいたせいもあったけど、親たちが俺たちをくっつけようとしてるから、かえって くっついてたまるかって気持ちが強かったように思う。 反抗期が落ち着くにつれ、そんなことはどうでもよくなった。 だからって、俺たちが彼氏彼女の関係になったわけじゃない。 俺たちは独り者同士、腐れ縁の友だちってステータスでいる。 そんな初子を、俺が『ちょっと色っぽくなってね?』と思ったのは、そろそろ俺たちの後任の生徒会役員候補選抜の事前調整が始まる、高3の夏。 俺が 生徒会室に置きっぱなしの私物を片付けに行った時だった。 俺たちは、生徒会室を他の生徒に邪魔されない役員専用の休憩室みたいに使ってたんだが、誰もいない放課後の生徒会室のテーブルで、初子が 何やらアンニュイな面持ちで窓の外を眺めてたわけ。 「何だ、その顔。腹でも痛いのか?」 初子は、時間の無駄使いってのが嫌いで、何もしないで ぼーっとしてることは滅多にない。 初子が何もしないで ぼんやりしてる(ように見える)のは、だから 何かがあった時だ。 俺の方に視線を投げてきた初子に、俺は、 「悩み事なら、相談に乗るぞ」 と、水を向けた。 初子が、数秒間 俺の顔を見て、奇妙に頬の筋肉を緊張させる。 そして、初子は、 「あんたも、一応 男か」 と呟くように言って、 「いや、やっぱ、やめとく。参考になりそうにない」 勝手に一人で自己完結した。 「なんだよ。参考になりそうにないって」 「だって、あんた、ただの高校生だし。私が知りたいのは、大人の男の人の心理だし」 「男の心理なんか、高校生も大人も大して違わねーよ」 オトナのオトコのヒトのシンリ? 何だよ、それ。 男の悩みか? 初子が? それって、ちょっと気になるんだが。 「でも、あんたと――じゃ、全然……」 初子が珍しく口ごもる。 『――』の部分が聞こえなかった 聞き返そうとしたんだけど、そうする直前に、『――』の部分は“聞こえなかった”んじゃないことに気付いた。 初子は『――』の部分を小声で言ったんじゃなく、最初から音にしなかった。 多分、初子にとって気軽に口にすることができない何かが『――』には入るんだ。 何でも ずばずばいう初子が、そんな言い方をすることは滅多にないことで――滅多にないことだ。 案の定、初子は今、滅多にない状況にあった――ようだった。 「私、多分、生まれて初めて、まともに恋ってのをしてると思うんだ」 「俺にか?」 「ばーか。あんたにだったら、あんたに相談してみようかなんて、1秒だって思うわけないっしょ」 「どこのクラスの奴だよ」 「だから、大人の男の人だって」 まあ、そこまでの会話の流れからして そういうことなんだろうけど、会話の流れは ともかく、その内容が意外で、俺は一瞬、言葉に詰まった。 てっきり、初子も、親に逆らうのが面倒になって、最近は『俺でもいいか』って気になってるんだと思ってたから。 俺たちの母親の世代は、高校生の女子は、日々 誰が誰を好きだの嫌いだの、恋だの愛だの 騒いでいたらしいが、俺たちの世代では そんなことはない。 正直、俺たちは、愛だの恋だのより、友人関係の方が大事だ。 “普通”から浮かないように、はみ出さないように。 ヘタを打つと、友だちのネットワークから外されるから。 もてないキャラでいるのが、多分 誰からも妬まれなくて、いちばん安全だ。 そう思うから 俺は、時に意識して、時に無意識に、2.5枚目から3枚目キャラを演じてきた。 そういう生徒は多いと思う。 俺たちの世代はみんな、協調性重視の慎重派なんだ。 学校の外で、派手に遊んでる生徒もいるらしいが、そういうことは大学に入ってから 大っぴらにやらかす方が、大人たちに文句も言われない 高校までは、(もてない)いい子の優等生でいた方が、いちばん面倒がない――と、俺は思っていた。 てっきり 初子も同じ考えでいるものと思ってたから、俺は焦ったのかもしれない。 どこのクラスの奴かと思ったら、オトナのオトコのヒト? それは どこの助平なサラリーマンだよ。 俺は ちょっと むっとしたんだが、それを態度に出したら みっともないって意識も働いた。 だから 俺は冗談口調で、 「俺よりいい男か?」 と、初子に訊いてみた。 「比べ物になりません」 初子の口調が変わる。 俺の冗談に、初子は――初子も――むっとして、だが、初子は その不快の感情を隠そうとはしなかった。 ギャグ混じりキャラを演じてはいるけどさ、俺は秀才で、実は結構 カッコもよくて、女にだってもててる。 そんなことには気付いてない振りしてるけど、ほんとは ちゃんと気付いてる。 それを、『比べ物にならない』ってのは、どういう了見だよ? 俺は ますます むっとして、でも、それを悟られるのは絶対 嫌で、一層 おちゃらけた口調になった。 「見たい見たい。どんな奴だよ」 「あんたには関係ないっしょ」 「もちろん、関係ないけどさ。“参考になりそうにない”ってのは、うまくいってなくて、助言が欲しいってことだろ? 協力してやるから、見せろよ」 「見せろよって、本やDVDじゃないんだから」 初子は、“恋っての”を すごく真面目にやってるっぽい。 俺の からかうような言い草に本気で腹を立てたらしい初子は、掛けていた椅子から立ち上がって、わざとらしく乱暴な足取りで生徒会室を出ていった。 「あれが恋する乙女の態度かよ!」 誰もいない生徒会室で、誰にともなく呆れてみせてから、周囲に誰もいないことを確認して、俺は(自分のために)真顔になったんだ。 |