“できるだけ多くの人を助けたい”瞬は、ナターシャだけでなく、小犬の飼い主である少年の心の傷も消し去ってやりたかった。
ナターシャも、瞬と同じ気持ちでいてくれるようだった。
『ナターシャを見捨てて悲しませた子供などに 救いの手を差しのべてやる義理はない』と言って、氷河が、ナターシャと彼女のマーマがしようとしていることを妨げることを 瞬は案じたのだが、氷河は その言葉を口にしなかった。
氷河が何も言わないことを、瞬は 少なからず意外に思ったのである。

ナターシャのパパの静観を、ナターシャのマーマが意外に感じていることに気付いたらしい氷河が、それは意外なことでも何でもないのだと、瞬に教えてくれた。
「俺が おまえたちのお節介を止めないのは、そうした方が、ナターシャが おまえのように強くて優しい子になるだろうと思うからだ。俺は、ナターシャに、おまえのように強くて優しい人間になってほしいんだ」
氷河の理想の娘像は“それ”であるらしい。
氷河は、彼の娘に 馬鹿になってほしいらしい。
『本当に それでいいの?』と声には出さず 視線で尋ねた瞬に、氷河は 無言で頷いてきた。






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