「ここは時の狭間、次元の狭間。今のおまえの力では、永遠に抜け出せない。おまえの偽りの両親のいる世界とは時間の流れ方も違う。おまえがこの場所で10年 抗おうが、20年 抗おうが、いや100年 意地を張り続けても、元の世界では1秒の時間も過ぎていないんだ。おまえの偽りの両親は、おまえがこの場所に連れてこられたことにも気付かない。無論、奴等がおまえを助けに来ることもない。この場所にいる者から見れば、外の世界は時間が止まっているようなもの。おまえは この場所にいる限り、歳をとることもなく、主観だけが時の流れを感じ続けるんだ。無論、死ぬこともできない。心だけが、時の流れを感じ続ける。時間はたっぷりある。100年でも200年でも、好きなだけ 我を張り続けるがいい。そして、諦めろ」 『仕事に取りかかる決意ができたら、いつでも呼べ。すぐに標的のところに送り込んでやる』 嘲るように そう言って、闇からの声は聞こえなくなった。 『いつでも呼べ』と言いながら、自分の名を ナターシャに告げることもせず。 ナターシャが仕事に取りかかる決意をすることはないのだから、ナターシャが彼を呼ぶことはなく、当然 彼の名を知る必要もない。 だから、ナターシャは、彼に 名を問うこともしなかった。 名を知ってしまったら、間違えて その名を呼んでしまうことがあるかもしれない。 だから、ナターシャは彼の名を訊かなかった。 ナターシャが 仕事に取りかかる決意をする時は、永遠に来ない。 それはわかっていたのだが。 ナターシャは、たった1日、一人きりでいるのも つらかった。 こんなことは夢だったらいいのにと思った。 いつものように、マーマがナターシャを起こしに来る。 そうしたら、てきぱきとお着替えをして、ダイニングルームに向かう。 パパに『おはよう』を言って、今日の写真撮影。 マーマの作った 朝ごはんと、パパが作った美容と健康にいいジュース。 まずシュースを飲んで、感想を言って、それから、この奇妙な夢の話をパパとマーマにする。 アテナを殺せと言われたことは 言わずにいた方がいいかもしれない。 そんな夢を見るナターシャを、パパとマーマが 心配するかもしれないから。 ナターシャが悪い子になってしまうかもしれないと、きっとパパとマーマは心配する――。 ナターシャが そんなことを考えていられたのは、最初の1日だけだった。 あるいは 何日も、ナターシャは そんなことを考えていたのかもしれない。 時計のないところでは、どれだけ時が流れたのかを正確に知ることはできない。 太陽の光が届かないところでは、どれだけの日にちが過ぎたのかも わからない。 昼も夜もないところでは、1日が永遠にも感じられる。 おなかも空かない。 眠くもならない。 薄闇の中で、ナターシャは 身体を丸めて――自分が座っているのか 横になっているのかも わからないまま、ナターシャは、3日が過ぎたと思った。 1週間が過ぎ、ひと月が過ぎ、1年が過ぎたと思った。 パパとマーマがいる世界とは 時の流れ方が異なる薄闇の世界では、ナターシャが 1年経ったと思えば 1年が経ち、ナターシャが2年過ぎたと思えば 2年が過ぎ、3年耐えたと思えば 3年耐えたことになった。 ナターシャが3年と思った長い時間は、もしかしたら一瞬にも満たない短い時間だったのかもしれない。 そこが パパとマーマがいる世界とは 時の流れ方が異なる場所だからではなく、ナターシャが孤独だから――時間は 恐ろしく遅く流れた。 長い長い時間、ナターシャは耐えた。 3年、5年、10年。 もう これ以上 耐えられないと思う時まで、ナターシャは耐えた。 20年、50年、100年。 そうして――やがて 耐えられなくなったナターシャは、ついに決意したのである。 |