「いい歳して、ガキみたいに ふて腐って、瞬に よしよしって なだめてもらって……。氷河に比べりゃ、ナターシャの方が ずっと大人だぜ」
瞬と氷河を見送って リビングルームに戻ってくると、星矢は、まるで自分は子供ではないような口振りで、ナターシャを褒め(?)た。
パパより ずっと小さい自分が、なぜパパより大人なのか、そのあたりの理屈が理解できなかったのだろうナターシャが、不思議そうに首をかしげる。

「氷河よりナターシャの方が大人だという意見には賛同するが、氷河は、単に 瞬に構ってもらいたいだけだろう。店のことにも、カーニバルの馬鹿騒ぎのことにも、本気で腹を立てているわけじゃない。氷河は ほとんど無意識に、だが わざと駄々っ子の振りをしているんだ。だから、かえって(たち)が悪い。大きな駄々っ子をかかえて、瞬も大変だな」
「パパは悪い子ナノ?」
星矢と紫龍のやりとりを聞いているうちに、ナターシャは不安になってきたらしい。
おそらくは、『そうじゃない』という答えを期待して、ナターシャは星矢たちに尋ねてきた。
紫龍が、ナターシャを安心させるための微笑を作る。

「氷河は、本物の悪い子ではないんだ。ナターシャは、いい子でいると、瞬が褒めてくれるだろう? だが、大人は いい子でいるのが当たりまえだから、氷河が いい子でいても、瞬は氷河を褒めない。だから 氷河は、わざと悪い子の振りをして、瞬に叱ってもらおうとするんだ」
「そんなの、変ダヨ。パパしマーマに叱られるのが嬉しいノ?」
「確かに変だ。だが、氷河は 瞬が自分を見ていてくれるのが嬉しいんだ。だから、わざと悪い子の振りをする」
「……ナターシャ、よくワカンナイヨ……」
「わからなくていいんだ。俺にも よくわかっていないから」

そんな“わからない”男が、よく小さな子供を育てようなどという無謀に挑んだものだと思う。
だが、氷河は そういう男なのだ。
愛さえあれば、何とかなると信じている。

「ほんと、氷河と瞬がくっついてるのって、世界の七不思議だよなー。瞬の奴、氷河なんかのどこがいいんだか」
氷河の“わけの わからなさ”を語る紫龍とナターシャの脇で、星矢がぼやく。
そんな星矢に、紫龍は苦笑するしかなかった。
「何を今更」
「おまえには今更かもしれないけど、俺には、ごく最近の驚愕なの。療養を終えて 前線に復帰したら、俺がいないうちに、氷河の奴、ちゃっかり瞬と一緒に暮らすようになってて、子供まで こさえててさ。自慢の親友を 人類史上最低最悪の駄目男に取られた俺の無念を察しろよ」
「瞬は、世話好きだからな。面倒な男の世話が好きなんだろう」

この話は そろそろやめた方がいいのではないかと 紫龍が思ったのは、パパを人類史上最低最悪の駄目男呼ばわりされたナターシャが、いわく言い難い顔をして、パパを人類史上最低最悪の駄目男呼ばわりする星矢を見上げているのに気付いたからだった。
大好きなパパを駄目男と断じられて、ナターシャが嬉しいはずがないのだ。
唇を引き結んでいたナターシャが、ついに星矢への反駁に及ぶ。

「パパは すっごくカッコいいよ! 優しくて、強くて、マーマがパパを好きなのは、あったりまえダヨ」
「それは 娘の贔屓目ってやつなの。確かに 氷河は 見てくれだけは 無駄にいいんだけどさー」
褒めているはずなのに、全く 褒めているように聞こえない。
星矢が氷河を褒めていないことは、ナターシャにも ちゃんと感じ取れているようだった。
しかし、ナターシャは、同時に、星矢が氷河を嫌っているわけではないことも感じ取れているらしく、であればこそ 彼女の混乱は大きいらしい。
実際、星矢は、世話好きで優しい瞬が好きで、愛さえあれば どんな障害も乗り越えられると信じている氷河にも 好意を抱いているのだ。
ただ、その二人が“くっついて”いることを 素直に承服できないだけで。






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