「ナターシャ、知ってるか? 聖域には、聖域の七不思議ってのがあるんだ」
「ナターシャ、シラナイ。ナナフシギなんて、ナターシャ、初めて聞いたヨ」
そんなものは、紫龍も知らなかった。
おそらく、星矢が今 急造したのだろう。
呆れつつ、それでも 紫龍が その存在を否定しなかったのは、星矢 急造の七不思議の内容を聞いてみたかったからだった。
「ナナフシギって、七つあるノ?」
「七不思議だからな」
ナターシャに頷いて、星矢が語り出した七不思議。
それは。

第一の不思議。光速移動する聖闘士の着衣が 燃えたり破けたりしないのはなぜなのか。
第二の不思議。30、40。結構 いい歳になっている聖闘士たちが、揃いも揃って、二十代、へたをすると十代にしか見えないのはなぜなのか。
第三の不思議。勝敗が常に顔で決まるのはなぜなのか。
第四の不思議。『聖闘士に一度見た技は通用しない』のか、『要は小宇宙』なのか。
第五の不思議。絶対零度の宇宙空間をものともせず、何万光年先にでも届くはずのネビュラチェーンが、目標物に届かなかったり、切れたり、凍らされたりすることがあるのはなぜなのか。
第六の不思議。毒の香気で死にかねない双魚宮の薔薇園の薔薇の剪定やアブラムシ退治を ちまちま行っているのは、天と地の狭間に輝きを誇る美の戦士 魚座ピスケスのアフロディーテなのか。
そして、第七の不思議。瞬が、なぜ氷河なんかとくっついたのか。
――だった。

いかにも急ごしらえらしく、不思議と言えるほどではない不思議もあるが、それは数合わせのためなので致し方ないだろう。
聖域の七不思議を知らされたナターシャが、すぐに異議を唱える。
「パパとマーマが仲良しなのは、ぜんぜん不思議じゃないヨ!」
他の六つの不思議はともかく、七番目のそれは、ナターシャには不思議でも何でもないこと。
しかし 星矢には逆に、他の六つは大した不思議ではなく、七番目のそれこそが最も深く大きな不思議だったのだ。

「そう思いたいナターシャの気持ちはわかるけどさ。瞬は すっごく頭がいいんだよ。綺麗で、優しくて、心が清らかなのは神様の保証付き。甲斐性もあって、お金もいっぱい稼いでる」
「ウン。マーマは綺麗で優しくて、とっても物知りダヨ」
「だろ? それに比べて、氷河は、クールってのは大嘘の顔だけ男。元マザコンで、今は親バカ。黄金聖闘士だから、それなりに強いけど、図抜けて強いわけじゃない。まあ、瞬には劣る。瞬に比べれば、稼ぎも悪い。これは、社会人としては致命的な弱みだ」
それは、稼ぎの全くない星矢が 分別顔で指摘していい“弱み”ではない。
だが、社会人以前の未就学児童であるナターシャは、その辺りの非合理には気付かなかった。
ナターシャは、星矢の言うパパの弱みに 強い反応を示した。

「パパは、カセギが悪いノ……?」
「知らなかったのか? 蘭子ママが 結構な額の ふざけた手当てをつけてくれてるらしいけど、それでも 瞬の収入には遠く及ばないだろうな。瞬がいないと、ナターシャは、せいぜい年に1着くらいしか新しい服を買ってもらえないだろう」
「エ……」
それはナターシャが初めて知る衝撃の事実だったらしい。
ナターシャは真っ青になった。

「マーマがパパと仲良しでないと、ナターシャは、1年中ずっと、おんなじ お洋服を着てなきゃならないノッ !? 」
「いや、氷河はナターシャのために頑張って働くだろうから、ナターシャは 1年に2着くらいは新しい服を買ってもらえるだろう」
子供の前で親の稼ぎに言及する星矢の振舞いは褒められたものではなかったが、紫龍のフォローは それに輪をかけて 不適切。
「ナターシャ、ぜんぜん足りないヨ!」
血の気が引いて 真っ青になっていたナターシャの頬は、混乱による興奮のせいで真っ赤になり、その声は悲鳴になってしまった。

「心配しなくても、瞬がいるんだから大丈夫だ」
自身の失言に気付いた紫龍は 慌てて、不適切なフォローのフォローに及んだのだが、
「デモデモ、パパとマーマが仲良しなのはナナフシギなんでショ!」
紫龍のそれは全く功を奏さなかった。
そこに更に、星矢の駄目出しが重なる。
「ほんと、不思議だよなー。あの二人、なんで、いつのまに くっついたんだろ。氷河は、まあ、色々あったから。瞬にいかれても不思議じゃないけど、瞬は いつも 兄さん兄さんだったのにさ」
「星矢……!」

事ここに至って、紫龍は諦めの境地に至ったのである。
裸になって戦う気にもなれないほどの無我の境地。解脱状態。
星矢の謎の解明行為を止めることはできない。
星矢は それほど、“自慢の親友”を“氷河なんか”に取られたことに 合点がいかないでいる――。

「確かに、いつのまにか、そういうことになっていたが……」
紫龍が つい呟いてしまったのは、たとえ七番目の七不思議の謎が解けても、氷河と瞬が“くっついて”いることをやめるわけではないという考えが、彼の気を緩ませたせいだったろう。
謎が解けたところで、何が変わるわけでもないのだ。

「ナターシャ、探ってみろよ。なんで、瞬が氷河なんかと くっついたのか。探ってきてくれたら、さくらカフェのスカイツリーパフェを奢ってやるぞ。食べきれないに決まってるからって、瞬に禁止されてるんだろ?」
パフェの代金を出すのは、もちろん稼ぎのある紫龍である。

「ウン……」
ナターシャの声に元気がないのは、パパとマーマの仲良しの理由を知りたくないからではなく、星矢に『氷河なんか』を連発されて不安になっているから。
『氷河なんか』は、『パパは世界一カッコいい』と信じているナターシャには、まさに その価値観を真っ向から否定する言葉だったのだ。
だが、『謎は解くためにある』、『不思議は暴かれるためにある』という考えの星矢は、ナターシャの不安に頓着しなかった。
氷河と瞬の仲良しの謎を解き、その理由を突きとめることは、星矢にとっては、『氷河なんか』を『氷河だからこそ』にするためにクリアしなければならない重要な作業の一つですらあったのだ。

「瞬が氷河とくっついてる理由が わかれば、この先、もし氷河と瞬が喧嘩することがあっても、仲直りさせやすくなるだろ? 氷河と瞬が仲良しでいる限り、ナターシャは好きな洋服を いくらでも買ってもらえる。俺は、気になってる謎が解けて、すっきりする。いいこと尽くめだぜ」
「パパとマーマが仲良しの理由……」
「星矢、無責任にナターシャをけしかけるのは――」
謎を解くのがいけないというのではない。
そのためにナターシャを使うことが 感心できないのだ。

「紫龍は不思議じゃないのかよ? 俺、氷河が瞬に惚れる理由なら いくらでも思い当たることはあるし、氷河が瞬に惚れて当然なシーンなら、いくらでも思い出せるけど、瞬が氷河に惚れるシーンなんて、俺には ひとっつも思い出せない。そんな場面、あったかよ?」
「それは、氷河と瞬、二人のことで、第三者が詮索していいことでは――」
「俺たちは、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間同士だから、そういうことも知っておかなきゃなんないの! これは、俺の瞬への熱い友情の現われだ。ナターシャのためでもある」
「それは 俗に野次馬根性というものなのではないか」
「まあ、そうとも言うけどさぁ」

あっさり認めてくれる星矢に、紫龍は頭をかかえてしまったのである。
「ナターシャ。瞬が氷河と一緒にいるのは、瞬が そうしたいと思っているからだ。他に理由はない」
とにかく、ナターシャの心を千々に乱したままにはしておけないと、紫龍は懸命に ナターシャの心を安んじるべく努めたのだが、“新しい お洋服、年に1着”の衝撃は大きかったらしく、ナターシャの瞳から不安の色が消えることはなかった。






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