返事をどうもありがとう。
パラケルススから、例の子供は害がなさそうだとの報告を受け取り、懸案事項が一つ減ったと安心していたところだったのに――失念していましたよ。
あなたなら氷河を説得できるだろうと、大船に乗ったつもりでいたんだが、氷河も あなたに対して、あなたと同じ力を持っていることを、俺は失念していた。

あなたは昔から氷河に弱かった。
その少女が地上世界に害を為す者、地上の平和を乱す者だったなら、あなたも氷河に強く出ることができただろうが、無害な少女ということになれば――無害どころか、非力で不幸な境遇にある少女となれば――あなたは氷河に強く出られない。
迂闊だった。
あなたに説得できないものを、他の誰かに説得できるわけもない。

氷河は、その少女に ナターシャという名をつけたとか。
母の名をつけた少女。
氷河は、どうあっても その少女を手放すまい。
氷河には困ったものだ。
だが、相手が氷河では――俺にはどうしようもない。
アテナにだって、どうにもできまい。

あなたも知っての通り、俺は子供の頃から氷河に憧れていた。
あれは、海皇ポセイドンが この地上世界のすべてを水の底に沈めることを企み、この世界が水没の危機に瀕した時。
俺が まだ非力で、皆の おまけだった頃。
クラーケンの海将軍に いたぶられていた俺を、氷河は助けてくれた。
クラーケンの海将軍は、氷河にとって恩義ある旧友だったのに。
氷河は、俺のために、その旧友を倒す決意をしてくれた。
氷河は、見た目の素っ気なさに反して、とても情の深い男なのに。

恩ある友人より、地上世界の平和と正義を選んだ氷河。
泣いて馬謖を斬る――というやつだ。
アテナの聖闘士とはこういうものなのだと 俺は感動し、あの時から 氷河は俺の憧憬の対象となった。

あれが そもそもの間違いだったんだ。
あれが あなただったら――せめて紫龍か星矢を憧憬の対象にできていたら、俺は 憧れの人の奇天烈な振舞いに困惑する哀れな聖闘士志願にはならずに済んでいただろうに。

氷河が子供を育てるなんて、どう考えても無理だと思う。
黄金聖闘士だから無理だというのではなく、氷河だから無理だ。
地上の平和のためではなく、その子供のために 思いとどまるべきだ。

俺が こんなことを言うのは、あなたが同封してくれた写真を見たせいでもある。
あなたが撮った、氷河とナターシャの写真。
『違和感がないでしょう?』と あなたは言うが、違和感ありまくりだ。
無邪気な女の子の明るい笑顔の隣りに、能面のように表情のない氷河。
しかも、相変わらず、無駄にイケメン。
俺には 破滅の予感しかしない。

止めてください。
聖域が――いや、グラード財団が育児手当なんて出してくれると思いますか。
そもそも氷河は夜の仕事に就いている。
始終 大人が見守っていなければならない幼い子供を、どうやって育てるんだ。
氷河が仕事をしている間、子供はどうするんです。
無理だ。
時間や経済面での問題がクリアできたとしても、この件での最大の問題は、その子供を育てる人間が あの氷河だということだ!

瞬、頼みますから、もう一度 氷河を説得してください。
考え直すように言ってください。
何より、その少女のために。
よろしく 頼みます。


聖域にて
貴鬼






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