「瞬!」
眩い光と共に 私の中に飛び込んできた音――『シュン』という音。
何だ、シュンというのは。
その音を発した何者かが、口をきけずにいる私に、その音の意味も説明せず、大きな音を上げ続ける。
「瞬が気が付いた! 一輝、紫龍、氷河! 瞬が目を開けたぞ!」

その音は、言葉だった。
シュンというのは、どうやら 私の心が宿った身体の持ち主の名であるらしい。
つまり、あの声が言っていた“ちょうどいい身体”――12日間、私に貸し出された身体の持ち主の名。
その身体の覚醒を、誰かが誰かに――イッキ、シリュウ、ヒョウガという名前の持ち主たちに――伝えた。
それが、地上世界に一人の人間として生まれ変わった(らしい)私が、最初に知覚し、理解した現況だった。

声の主は、まだ少年といっていい年齢の少年。
少年は、この身体の覚醒を待ち焦がれていたようだった。
嬉しそうに弾んだ声。
墨の色をしているのに、明るく輝く瞳。
この身体の中にいる私が“シュン”でないことを知ったら、きっと彼は悲しむだろうと、覚醒したての ぼんやりした意識の中で、私は思った。

「おまえ、もう何日も眠ったままだったんだぜ。俺たち、ずっと交代でついてたんだ。俺がついてる時に目を開けるなんて、おまえ、こんな時にも 気配りを忘れないのな。一輝と氷河のどっちかがついてる時に気が付いてたら、絶対 一悶着 起きてたぞ」
少年が、イッキ、シリュウ、ヒョウガという名前の人たちの到着を待たずに、勢いよく まくし立ててくる。
実に元気な少年だ。
私は 彼の言葉の意味を理解しようとして――私は とにかく、どんな些細なことでもいいから、現況に関する情報を収集蓄積したかった――シュンの身体が横たわっていた寝台の上で 上体を起こし、彼に尋ねた。
「それはなぜですか」
「なんでって、そりゃあ……一輝と氷河のどっちかがついてる時に おまえが目が覚めてたら、片方が『これは 瞬を案じる俺の思いの強さゆえだ』とか何とか言って得意がって、もう一方が拗ねて――」

瞬の身体は軽かった。
意識だけの存在から、肉体という檻の中に閉じ込められることになったにも かかわらず、私は、私に貸し与えられた私の心の器に 重さも圧迫感も覚えなかった。
寝台の上に身体を起こした私の視界の内に、白く細く繊細なシュンの指が入ってくる。
シュンは、まだ子供のようだった。
そして、おそらく、人と話している時に 自分の指を観察するようなことをする子ではなかったのだろう。
明るい瞳の少年が、
「瞬? おまえ、俺が誰かわかってるか?」
と 私に問うてきたのは、私の質問内容もさることながら、私の礼を失した注意散漫を奇異に感じたからのようだった。

「すみません。私は、私が何者なのか、わかっていません。記憶がないんです」
私は、決して嘘ではないが、完全に事実とも言い難い答え(誤解を招く可能性のある曖昧な答え)を口にした。
「瞬……!」
少年の頬から血の気が引いていく音が聞こえた――と、私は思った。
もちろん それは錯覚だったろうが、音が聞こえたと思えるほど目に見えて はっきりと、彼の歓喜の表情は絶望の表情に変わったんだ。
がっくりと、枕元にあった看護人用の椅子に 少年が へたり込むのと ほぼ同時に、三人の青年が――青年と言っても、枕元にいた少年よりは 年かさに見えるという程度の意味でしかない――室内に 飛び込んできた。

「星矢! 瞬が気が付いたのか!」
「瞬!」
「瞬」
“セイヤ”というのが、最初に私の目覚めに気付いた少年の名らしい。
三人は三人共、セイヤさん同様 シュンの覚醒を喜んでいるようで、その声は嬉しそうに弾んでいた。
私は、自分がシュンでないことを、本当に申し訳なく思った。

長い黒髪の青年と、金髪の青年と、そして 不思議な存在感――威圧感のある青年。
彼等は、寝台に身体を起こしている私を見て、安堵したような微笑や嘆息を作り、私の方に歩み寄ってきて、そして、セイヤさんが 少しも嬉しそうにしていないことに気付いたらしい。
セイヤさんは、口をきくのも つらそうで、全身から力が抜けていて――だから 私は 彼の代わりに この状況の説明をしてやったんだ。
部屋の中に駆け込んできた三人の青年に、
「私は誰ですか」
と尋ねることで。
三人が 同時に息を呑んだのが わかった。

長いとも短いとも言えない、微妙な時間の沈黙のあと、
「記憶を失っている? その方がいいのかもしれないな……」
と呟いたのは 長い黒髪の青年で、そう呟いた青年を 残りの二人が 一瞬 睨みつけた。
しかし、彼等は長い黒髪の青年に反論できる言葉を持っていなかったらしい。
結局、彼等は――彼等も――セイヤさん同様、無言で 私を視界に映すだけの者たちになってしまった。






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