氷河さんが私を見詰めていることには 気付いていた。
いや、“見詰めている”というよりは“睨んでいる”という方が事実に即しているかもしれない。
氷河さんの瞳は青い。
星矢さんの瞳には、瞬への好意があり、紫龍さんのそれには、穏やかな温かさが感じられる。
一輝さんの瞳は、攻撃的なまでに瞬を愛している人間のそれのように見える。
けれど、氷河さんの瞳は――決して態度にも言葉にも出さないが、彼の眼差しは冷たい。
私(瞬)を嫌っているようで――もしかしたら、もともと瞬と氷河さんは仲が悪かったのかもしれないが。
あるいは 彼は、私が瞬ではないことに気付いて、疑っているのだろうか。
気付いて、疑い、けれど確信が持てず、冷たく 私を観察しているのだろうか。

『私たちは仲が悪かったのか』と、私が氷河さんに尋ねることができたのは、彼が私に好意を抱いていないことが、逆に 私の心を軽くしたからだった。
瞬を滅したのが私であるなら、瞬の仲間たちに好意を示されることは つらい。
瞬を愛している人たちに疑われ、嫌われている方が、私は 心が重くならなかったのだ。

私の予想は、半分 当たり、半分 外れていた。
氷河さんの答えは、私が想像していたものとは微妙に違っていた。
「瞬は、俺を嫌っていた」
と、彼は答えてきたのだ。

「どうしてですか」
「俺が我儘で、自分勝手な男だからだろうな」
「あなたは我儘で自分勝手な方なんですか」
「違うと言い切る根拠を、俺は持っていない。おおむね、その通りだろう。瞬も そう思っていただろうし」
「瞬が あなたを誤解していた可能性は ありませんか」
私が彼の言に逆らうように そう問い返したのは、本当に我儘で自分勝手な人は、自分が我儘で自分勝手な人間だということを知らないものだろうと思うからだった。
本当に 我儘で自分勝手な人間は、自分を正しいと思い込んでいるから、我儘でいられるのではないだろうか。

氷河さんは――だが、首を横に振った。
「おそらく誤解じゃない。俺は確かに善良な人間ではないし」
「だとしても――ですが、全き善良な人間などというものは、この世に存在しないのではありませんか。瞬だって、そんなものであったはずがない」
「そんなことはない。おまえは……瞬は、その稀有な存在だった。瞬は誰よりも優しくて、清らかな心を持った人間だった」
「……」

彼は、心底から そう信じているようだった。
瞬は完全に善良な人間で、自分は そうではないと。
けれど、自分以外の人間の善良さを認め 信じることのできる氷河さんは、自分で言うほど悪い人ではないだろうと、私は思う。

私は、全き善良な人間の存在を、氷河さんほど 虚心に信じることはできないが、氷河さんが そう信じられるほどには 瞬は善良な人間だったのだろう。
そんな人間の身体に、大罪を犯した私の魂を送り込む。
その所業は、“皮肉”や“意地の悪さ”程度の言葉で表していいものではない。
それは“残酷”だ。
瞬にとっても、瞬の仲間である星矢さんや氷河さんたちにとっても、私にとっても。
氷河さんの前に 瞬の姿で存在することが、私は苦しくてならなかった。

善良で――優しく清らかな心を持ち、姿形も美しい瞬。
そんなふうな出来すぎの人間を 素直に信じ愛することのできない私は、邪悪で醜い存在なのだろう。
私は、瞬の中にいるべきではないものなのだ。おそらく。――いや、絶対に。






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