その日の夕刻のことだった。
城戸邸の庭で、星矢さんと紫龍さんが 瞬のことを語っているのを立ち聞きすることになったのは。
そんなつもりはなかったのだが、
「瞬は 死ぬまで思い出さないのかな」
という星矢さんの呟きが、城戸邸の広い庭を散策していた私の足を立ち止まらせたんだ。
「瞬が経験したことは、尋常の人間が経験するようなことじゃなかったし、思い出しても 楽しいことなんて一つもないんだけどさ」

星矢さんたちは、昼間 私に教えてくれなかったことを語り合っているのだと察し、私は ほとんど反射的に、私のすぐ横に立っていた大きな楡の木の陰に 身を隠した。
彼等が何を語り合おうと、それは“瞬”のことで、私のことではない。
私に課せられた12日間のトライアルの答えに繋がることを、彼等が語るはずがない。
それは、私も わかっていた。
だから、その時、私が星矢さんたちの会話を立ち聞きせずにいられなかったのは、瞬について語る彼等の話が氷河さんのことに及ぶのではないかと、それを期待してのことだったかもしれない。
私は、瞬のことではなく、瞬と氷河さんのことを知りたかったんだ。

そして、これは根拠のない憶測――ただの直感なのだが、私に12日間のトライアルを命じた あの声の主が、私の魂の器として瞬を選んだのが、ただの偶然や気まぐれであるはずがないという思いのせいでもあった。
あの声の主は 何らかの意図があって、私を瞬の中に封じたに違いないんだ。
私は、地獄に墜ちることも許されないほどの大罪を犯して 今の状態になる前に、瞬と何らかの関わりがあった――そんな気がしてならない。
以前の私が瞬と関わりがあったということは、氷河さんとも関わりがあったということだ。
私は、それを知りたい。

「思い出さない方が幸せなのかもしれん。思い出しても、瞬は苦しむだけだ」
「そりゃ そうだけど、俺は 元の瞬に戻ってほしいよ。瞬は あの時のこと思い出しても、その事実に負けるほど弱い人間じゃない。瞬が思い出してくれないと、氷河だって つらいだろうし――氷河が そのうち、爆発するぞ。何も憶えてない瞬は、氷河に暴れられても 戸惑うだけだ」

思い出さない方が幸せなこと。
瞬には何か悲しい――不幸なことがあったのだろうか。
それは おそらく氷河さんにも関係のあることで、もしかしたら、私が その元凶なのではないだろうか。
私が 氷河さんと瞬に不幸をもたらした張本人?
善良な瞬が思い出すと苦しむこと――もしかすると、それは、心ならずも犯してしまった罪の記憶なのではないだろうか。
そして、善良な瞬に、“悪いこと”をさせたのが私なのではないだろうか。
そのせいで、仲のいい友人同士だった瞬と氷河さんの関係が ぎくしゃくすることになった――。

贖罪の方法を探せと言われた私が 瞬の身体の中に送り込まれたのは、そういうことだったのか?
私が、善良な瞬さんに罪を犯させ、その罪の被害者が氷河さん。
私は、瞬を使って、氷河さんの大事な人を――両親はいないということだったから、たとえば、恋人を――死なせるようなことをしたのではないだろうか。
地獄に墜ちることも許されないほどの罪とは、そういうことなのではないか。
私は、善良な人間を罪人にし、悪い人ではない氷河さんを苦しめた。
だから、仲のいい友人同士だった二人の関係は壊れた。
だから、氷河さんは 私(瞬さんの姿をしている私)に険しい目を向け続ける。
だから、私は 瞬の姿で氷河さんに贖罪をしなければならない。
私の この12日間のトライアルの意味は、それなのだ。おそらく。






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