すべての音を吸い込む雪。
ちびっこ広場は、まるで 見えない雪に すっかり覆われてしまったようだった。
「マーマ!」
見えない雪が作る静寂を破って、ナターシャが 瞬の許に駆け寄ってくる。
瞬は、広場を覆い尽くしている雪を、その微笑で一瞬で消し去った。
「お待たせ。もう 大丈夫だよ。ターザンロープでも、ザイルクライミングでも、好きに遊んで」
ナターシャの頭を撫でて、瞬が言うと、
「ヤッター! ナターシャ、ターザンロープ、一番乗りダヨー!」
ナターシャは、歓声を上げて ターザンロープ目指して駆け出した。

ナターシャがしがみついたロープが回転を始めると、それまで公園の端に立って、事の成り行きを見守っていたらしい女性が一人、いかにも恐る恐るといった(てい)で 瞬の側に歩み寄ってきた。
5歳前後の男の子の手を引いている。
「ど……どうなったんです?」
「あ、ええ。この公園は防犯カメラが設置されていると教えてあげたんです。最近は、反社会的勢力への取り締まりが厳しいですから、軽率なことはしない方がいいと判断したんでしょう。彼等はもう、この公園には来ないと思いますよ」
危険というのなら、1ダースの反社会的勢力の構成員より、瞬一人が指1本を動かすことの方が はるかに危険なのだが、人の印象を左右するのは、大抵の場合、真の実力ではなく、言葉使いや 表情、物腰である。
瞬の やわらかな微笑を見て、彼女は安堵したように短く 吐息した。

「もう大丈夫だよ。ターザンロープは順番を守ってね」
瞬に そう言われ、彼女の連れていた男の子が ぱっと瞳を輝かせる。
光が丘公園のちびっこ広場は、まもなく、大勢の子供たちの明るい歓声が あふれる いつもの姿を取り戻すことになった。



「おまえの やり方の方が悪趣味だぞ。おまけに、まわりくどい」
氷河が 半ダースの異質な男たちを撃退した時には、ちびっこ広場に来ていた すべての親子連れが、異質な男たちの報復を恐れて逃げ帰った。
瞬の対処法の方が適切だったと認めてはいるのだろうが、瞬のやり方への氷河のコメントは、今ひとつ、“秋晴れの空のように爽快”とは言い難いものだった。
瞬の対処法の方が適切とわかっていても、同じ対応のできない自分を知っている氷河としては、そういうコメントにならざるを得ないのである。
瞬自身、同じ対応を 氷河に期待してはいなかった。
もう、その必要はないはずである。

「彼等には 二度と この公園に足を踏み入れたくないと思ってもらわなきゃならなかったからね。子供たちと 保護者の方たちにも、ちびっこ広場は安全だと思ってもらえるようにしなきゃならないし」
「一時休戦でなく、恒久平和が必要というわけか」
それは、物理的な力だけでは獲得できないものである。
瞬の横で、氷河は両の肩をすくめた。

人間には、戦時に活躍するタイプの人間と、平時に活躍するタイプの人間がいる。
水瓶座の黄金聖闘士は前者で、乙女座の黄金聖闘士は 戦時と平時 どちらの時にも そつなく対応できる人間なのだ。
大事なのは、適材適所。
適材がいないのは困りものだが、いてくれるなら、それが自分でなくても構わない。
氷河は、自分の不向き不適を 素直に認め、瞬の肩に手を置いたのである。
そんな氷河と瞬を、ターザンロープの待ち行列に並んでいるナターシャが じっと見詰めていた。






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