日曜日の夜は、氷河の店は休みで、瞬も非番のことが多いので、氷河と瞬が二人で夕食を準備することになっている。
パパが作る綺麗なご飯と、マーマが作る美味しい(子供向けの)ご飯。
ナターシャが日曜日を大好きなのは、だが、見栄えと味のいい食事を堪能できるからではなく、パパとマーマと ゆっくり たくさん“お話”ができるから――だった。

今日の“お話”のテーマは、
「パパとマーマはどっちが強いノ?」
異質な男たちによる、ちびっこ広場 連続占拠事件のせいで、ナターシャは 今日はずっと そのことが気になっていたらしい。
氷河と瞬に尋ねてくるナターシャの顔は真剣そのものだった。

特段悩むような事柄ではなかったので、瞬と氷河は すぐにナターシャに答えを与えたのである。
この場合、問題なのは、パパからの答えとマーマからの答えが違っていたこと――全く違っていたこと――だったろう。
瞬は、
「氷河だよ。もちろん。氷河は、ナターシャちゃんのためなら、どんな乱暴者だって あっというまに倒しちゃうからね」
と答え、氷河は、
「無論、瞬だ。考えるまでもない」
と答えたのだ。
真逆の答えを与えられたナターシャが、眉、目、唇――部品のすべてを中央に寄せて、顔をしかめる。
それから ナターシャは、大きく首を左に傾けた。

「ずっと前にネ。ンート、公園の花壇にチューリップが咲いてた頃ダヨ。ターザンロープの順番待ちをしてる時に、みんなで、パパとママのどっちが強いかを話し合ったノ」
「ナターシャちゃん、お友だち同士で、そんな お話をしてたの?」
「ウン。それでね、パパの方が強いって言う子と ママの方が強いって言う子で、二つに分かれたノ」
「へ……へえ。そうなんだ」

結論が どちらに落ち着いても大きな不都合はないが、子供たちの間で そういう話し合いが為されているというのは、注意すべきことなのかもしれない。
と、瞬は思ったのである。
それぞれの家庭の事情が、子供経由で よその家に筒抜けになることは、どの家庭にとっても 決して好ましいことではないだろう。
瞬の懸念は的中した。
ナターシャから、よその家のセンシティブな情報が 次々にもたらされ始める。

チューリップの季節の子供たちの話し合いは、
「ママだろ。俺んちのパパは、いつも ママに怒鳴られてる」
「強いのはパパよ。ママが何を言っても、パパは、『文句言うな』ってムシするもん」
「うちは、『アナタは子供の世話を全然しない』って、お母さんが お父さんを毎日 怒ってるぜ。お母さんだろ」
「毎日怒鳴ってるってことは、怒鳴られても平気だからなんじゃない?」
「僕んちは、パパとママが滅多に口をきかないから、どっちが強いのか わかんないや」
といった調子で、侃々諤々の議論が為されたらしい。
瞬は、ナターシャから もたらされる よその家の情報を記憶するまいと、苦心することになった。

「いろんなおうちがあったノ。よその おうちは、ナターシャのおうちと違うナアって、ナターシャ、思ったノ」
「ナターシャちゃんは、何て言ったの?」
「パパの方が強いと思うって、言っタ」
「そうか」
『考えるまでもなく、瞬の方が強い』と言っておきながら、ナターシャに『パパの方が強い』と思われていることは、氷河には 嬉しいこと――少なくとも、悪い気はしないこと――だったらしい。
氷河の口角が、僅かに上がった。

「だって、マーマは時々パパを叱るけど、いつも にこにこしてて、恐くないカラ」
「俺は恐いのか」
上げた口角を元の位置に戻し、真顔になって、氷河が問う。
ナターシャは、まず 大きく左右に首を振り、次に 浅く頷いた。
「ナターシャは恐くないケド、悪者は恐がると思ウ」
ナターシャさえ恐がっていなければ、他の人間に恐がられようが侮られようが、そんなことはどうでもよかったのだろう。
氷河は、今度は、口角ではなく鼻を高くした。

「俺は正義の味方だからな」
「でもね。正義の味方は、ピーマンを残したりしないと思うよ」
パパが大好きで 尊敬してさえいるナターシャが、そんなところまでパパを見習うようになるのは困る。
視線で、瞬が 氷河にそう言うと、氷河は ひどく きまりが悪そうに、だが ナターシャのために もそもそとピーマンを食べ始めた。






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