「ナターシャのために頑張ってピーマンを食べるパパの方が強いに決まってるって言って、マーマは笑ってたケド、ほんとはパパとマーマのどっちが強いノ?」
最近 とても賢くなったナターシャは、パパやマーマの言うことを鵜呑みにしない。
ピーマンを食べられる方が強いのなら、頑張らなくてもピーマンを食べられるマーマの方が、頑張らなければピーマンを食べられないパパより強いことになる。
しかし、悪者たちは 氷河を恐がることはあっても、瞬を恐がることはない。
ナターシャ自身、どうしてもパパとマーマのどちらかと戦わなければならなくなったら、パパと戦うより マーマと戦う方を選ぶと思う。
マーマの方が恐くないし、優しく戦ってくれそうな気がするから。

とはいえ、パパの方がマーマより強いかと問われると、ナターシャは、一瞬の迷いもなく『パパの方が強いに決まってるヨ!』と答えることは、(なぜか)できなかったのである。
パパとマーマでは、どちらが強いのか。
ナターシャには、それは、チョコレートケーキとイチゴのタルトのどちらが より美味しいのかという問題よりも はるかに悩ましい問題だった。

そういう時は、トウジシャ以外のダイサンシャの意見を聞くに限る(と、蘭子ママが言っていた)。
そして、この件に関してナターシャが意見を聞ける第三者は、星矢と紫龍しかいなかった。
だから、ナターシャは、星矢と紫龍に(パパとマーマの仲間であり、パパとマーマを子供の頃から知っている二人に)訊いてみたのである。

星矢と紫龍の答えは、明瞭だった。
「そりゃあ、瞬に決まってるだろ」
「うむ。瞬だろうな」
二人は そう答えてくれた。
大して悩んだふうもなく、ごく あっさりと。
二人が、悩む様子どころか考える様子をすら全く見せず、ほぼ即答といっていい答えを返してきたので、逆に ナターシャは 彼等の答えを素直に受け入れられなくなってしまったのである。

「デモ、マーマは いつもにこにこしてて、誰かと喧嘩したりしないし、悪者がいたら 倒すのはいつもパパだヨ」
「そりゃあ、瞬が本気で怒ったら、地球がぶっ壊れちまうからな。強すぎる人間は戦っちゃいけないんだよ」
「デモデモ、マーマは、パパの方が強いって言うヨ」
「ああ、そりゃ、あれだ。ナターシャは、氷河を 世界でいちばん強くてカッコいいパパだと思ってるだろ? 瞬は、ナターシャの夢を壊したくないんだよ」
「とはいっても、まあ、氷河も世界で5番以内くらいには強いだろう。大抵の悪者は氷河に勝つことはできないから、ナターシャは安心していていい」
「……」

星矢と紫龍は、氷河より瞬の方が強いことは 覆すことのできない事実と考えているようだった。
“氷河より瞬が強い”ことを前提に、彼等は会話を進め、ナターシャの心を安んじさせようとする。
彼等に悪意がないことは。ナターシャにもわかっていた。
だが、“ダイサンシャの意見”を聞いているうちに、ナターシャは 頭が ぐしゃぐしゃに こんがらがってきてしまったのである。

パパは 世界でいちばん強くてカッコいいパパだと信じている。
たとえ パパが本当は 世界でいちばん強くなくて、2番目か 3番目か 4番目か 5番目くらいに強いのだとしても パパが大好きだし、パパが世界一 カッコいいパパだということに 変わりはないと思う。
では、なぜ 今 自分の頭は ぐしゃぐしゃに こんがらがっているのか。
ナターシャは 懸命に考えて、自分の頭を こんがらがらせた 最初の引っ掛かりまで 記憶を遡った。

「パパは、公園で、ナターシャやみんなのために悪者を退治したノ。なのに、あとでマーマに叱られてたの」
「へ」
「それで、マーマは、悪者に もう公園に来ないでって言っただけで、悪者を退治しなかったノ」
「瞬なら、そうするだろうな」
「ナターシャ、パパとマーマのどっちが強いか わからないノ。パパの方がマーマより背が高くて、力もあって、悪者もやっつけたノ。デモ、パパはマーマに叱られて、『スマン』って謝るノ」

それは 確かに、ナターシャには得心のいかないことだろう。
正義の味方である強いパパが 恰好よく悪者を退治して、正義の味方の仕事を全うしたのに、同じく正義の味方であるマーマに叱られ、謝る。
正義の味方であるはずのマーマは 悪者を退治せず、正義の味方の仕事をしなかったのに、星矢たちは パパよりマーマの方が強いと言う。
ちびっこ広場 連続占拠事件の顛末は、ナターシャには わからないことだらけ、矛盾だらけなのに違いなかった。

ナターシャを混乱させているのは、『パパとマーマの どちらが強いのか』という問題ではなく、『強さとは何か』あるいは『正義とは何か』という問題なのだ。
その答えが わからず、ナターシャは苦悩している。
正義の味方のパパとマーマを持つ子供の悩みは、さすがに よその家の子供のそれとは 一味も二味も違っているようだった。

「まったまた、やけに小難しいことを悩んでんな。俺が、んなこと 真面目に考え始めたのは、今のナターシャより20も歳をとってからだったぜ」
「それは……さすがに遅すぎないか」
「そういうのを考えるのは、瞬や沙織さんに任せとけばよかったからさぁ」
紫龍を呆れさせてから、星矢は、 鼻の頭を人差し指で 軽くこすりながら、ナターシャに向き直った。
預かったナターシャを変に悩ませたままで 氷河と瞬の許に戻すと、“子供のお守りもできない子供”の烙印を(氷河に)押されることになりかねない。
それが 不愉快な客のあった日の翌朝だったりした時には、不愉快な客の代用品として、星矢は氷河に 罵倒の限りを尽くされることになるだろう。
星矢は、それだけは避けたかった。






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