生きていると信じていた。 生きていると信じていた仲間が、信じていた通りに生きていて、彼の仲間たちの許に戻ってきてくれたのだから、それは特段の大事件ではない。 そんなことは わかっている。 あまり喜びすぎると、星矢が逆に気が引けてしまうだろうことも、氷河が拗ねるだろうことも わかっている。 だから、瞬は、極力 控えめに喜んだつもりだったのである。 笑わなかったし、泣かなかったし、星矢の長い音信不通をなじり、怒ったりもしなかった。 ただ ちょっと、懐かしい仲間の首に しがみついただけで。 会えない時間は長かった。 その間、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間たちは、それぞれの場所で、それぞれの時間を過ごし、それぞれに大人になった。 再会した星矢も、瞬が知っている十代の頃の彼と全く同じ彼ではなかった。 表情に、以前は見たことのなかった翳りのようなものを帯びているように見える。 とはいえ、それも 生来の明るさを損なうほどのものではない。 星矢は、ほんの少し 大人になっただけなのだ。 そして、それは星矢だけのことではない。 仲間たちが離れて生きることにならなくても、それは皆の上に同様に生じた変化だったはずである。 十代の無鉄砲だった青銅聖闘士たちは皆、今は大人になったのだから。 だが――。 以前と変わらぬ星矢の人懐こい栗色の瞳の中に、自分の姿が映っている。 それだけのことで、これほど胸が弾むとは。 瞬の喜びは、抑えようがなかった。 もちろん、地上世界は、今でも平和ではない。 今は、特に 平和ではない。 アテナの聖闘士が これまでに経験したことのない奇妙な戦いが、日本国内の あちこちで起き、その戦いにアテナの聖闘士たちが巻き込まれている。 死んだはずの黄金聖闘士たちが、死んだ時より若い姿で蘇り、得体の知れない敵たちと戦っている。 時間も空間も、何もかもが本来あるべき様相を保っていない。 こんな戦いは、瞬も初めてだった。 しかも、聖域は何かを瞬たちに隠している――ように思える。 聖域が黄金聖闘士に情報を渡さず、にもかかわらず 戦いを禁じず、戦いの後始末には これまでと変わらぬ支援を提供してくる。 それは 本当に奇妙で、そして 異常なことだった。 それでも――もう大丈夫だと、何も案ずることはないと、瞬は思ったのである。 星矢が仲間たちの許に戻ってきたのだ。 “奇跡のバーゲンセール”、“超黄金級青銅聖闘士”、“聖域史上初。黄金と青銅の価値逆転現象”。 周囲の者たちは、揶揄なのか、非難なのか、称賛なのか判断しようのないキャッチコピーを勝手に付して、良くも悪くも自分たちを特別視してくれたが、奇跡を 安売り価格で買えるわけがない。 苦しくない戦いなど なかった。 悲しくない戦いも なかった。 いつも、自分たちは ぎりぎりのところで戦いに勝利し、生き延びてきた。 そして、幾多の戦いを、いつも紙一重のところで勝利し、生き延びることができたのは、自分たちが五人だったから。 その五人――強い絆で結ばれた五人の仲間が揃ったのだ。 何を恐れることがあるだろう。 軽率な楽観ではなく、それが 自分たち五人の運命だと、瞬は感じていた。信じてもいた。 どんな試練も、苦しみも、どれほど過酷で悲惨な戦いも、五人なら乗り越えられる。 そう感じる。 そう信じられる。 瞬にとって それは、アテナを信じることと同じ。 ほとんど信仰のようなものだったのだ。 であればこそ、万全の体調ではない星矢や紫龍に代わって 自分が冥界に行くことも、逡巡なく決意できたし、突然 その場に現れた氷河が、星矢との再会を喜ぶ素振りすら見せず、険しい顔で、 「自分がハーデスの依り代だったことを忘れたか」 と古い話を持ち出し、 「危険すぎる」 と言って、乙女座の黄金聖闘士を地上に引き留めようとした時には、いつから氷河は これほど心配性になったのかと、吹き出しそうになった。 星矢の首に しがみついたのが よくなかったのかもしれない。 それで、氷河は 機嫌を損ねてしまったのかもしれない。 そう考えて、瞬は、冥府に待ち構えているかもしれない危険より、氷河の不機嫌の方に恐れを成した。 機嫌を悪くしている氷河の相手をするより 冥府に逃げた方が安全かもしれないと、瞬は、半ば本気で(残り半分は 冗談で)考えさえしたのである。 幸い、その場は、亡くなったはずの先代の黄金聖闘士たちが 冥府に落ちそうになったシュラを救い出してくれ、事無きを得たのだが。 冥界で 蟹座の黄金聖闘士が仲間を救出するために戦っている間、星矢は 熱海の浜で 生しらす丼を ぱくぱく食べていた。 |