『星矢とアテナに倒されたハーデスが、悪足掻きで 僕の中に逃げ込み、僕に捻じ伏せられていた。
その力が、僕の中にはあった。
更に、アテナの血による加護、仲間たちの残していった小宇宙。

『そして、僕は、次元を行き来する力を手に入れ、神でも人間でもないものになって、生き続けてきた。
僕の氷河が言っていた、その世界、その時を探して。

『ある時、この世界と この世界の君を見付けた。
僕は、なぜか、この世界と この世界の君に引き寄せられた。

『僕が僕の力を使う時が来た――と思う。
これまで君は、とても強くて、幾度も死に瀕したのに、自分の力で乗り越えてしまった。
僕たちは――アンドロメダ座の聖闘士は しぶといから、なかなか死ねない。
君には 僕の力など必要なさそうだと思っていたんだけど、僕の力は、君を救うのではなく、君の仲間を救うのに役立ちそうだね。

『星矢を、君の世界の英雄を――ううん、君の仲間たちを 君たちの光あふれる世界に送ってあげる。
君たちは、まだ しばらく生きていなきゃならないよ。
君たちの世界は、まだ混沌としている。
君たちの世界はまだ、アテナの聖闘士を必要としているから』



「あ……でも……」
僕の意識は、異世界の僕のそれと、暫時 混じり合っていたみたいだった。
彼の世界での経験を、彼の記憶を、僕は 彼と共有していた。
彼が、僕との意識と記憶の共有を きっぱり切り離したのは、彼の事情説明が終わったからではなく、彼が これから僕とは別の個人として 死のうとしているからだ、きっと。

僕と同じことを、紫龍も考えていたらしい。
「そうして、あなたは死ぬ――消えるのか」
心苦しそうに、紫龍が、異世界の僕に尋ねる。
異世界の僕は、僕の氷河を ちらりと横目で一瞥してから、にこりと笑った。

「僕はもう、十分 頑張った。僕の氷河の我儘を叶えるために。僕に救える命、僕に守れる幸福に、僕は やっと巡り合った」
「でも、僕たちは――」
『あなたにお礼もできません』
そんなことを言うのは、彼に対して失礼だということは わかってる。
けれど、僕は そう考えずにいられなくて、そう考えずにいられない僕を、彼は(僕自身なだけあって)わかってくれていた。

「その代わり、僕が 僕の氷河を愛していたことを憶えていて。僕は、僕の氷河に伝え損ねたから、そのことを 誰かに伝えたかった――誰かに知ってほしかった――憶えていてほしい。僕が 僕の氷河を愛していたこと」
「それは……忘れることはないですけど」
「うん」
僕が彼を“砂男”みたいなものなんじゃないかと疑っていた理由の一つは、彼が年齢不詳で 十代の少女にも百歳の老人にも見えていたせい。
でも、
「うん、ありがとう。嬉しい」
今 そう言って頷く彼は、初めての恋に はにかんでいる十代の少女みたいに見えた。
その少女が、ちょっと大人びた目になる。

「僕の氷河も 君の氷河も――氷河は誰も我儘だけど……『生きろ』は『愛してる』なんだよ」
つらくても、悲しくても、一人きりになっても、生きていてほしいと望む心は、『愛している』ということ。そこに理屈なんかない。
異世界の僕は、そう言って笑った。
理屈のない『愛している』。
だから、今まで生きてきたんだ、彼は。

もしかしたら、彼は、彼の氷河を弁護するためじゃなく、僕を弁護するために そう言ってくれたのだったかもしれない。
彼の我儘な氷河と同じことを、ついさっきまで、僕は僕の氷河に求めていたんだから。
僕の氷河は、複雑そうな目をして 異世界の僕の言葉を受け入れた――のかな?






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