エスメラルダに直接 会いたいと言い出したのは、氷河だった。 その少女が気の毒な境遇にあることは認めるが、直接 会って、その人となりを確かめないことには、本当に瞬が これだけのことをする価値のある人間なのかどうか わからない。 恐い人と組んだエスメラルダに、瞬が騙されているという可能性もある。 ――というのが、氷河の主張だった。 紫龍も、借用書の内容が信じられるものなのかどうかを確かめたいというので、エスメラルダに、彼女が借りているアパートの近所の児童公園まで出てきてもらうことにした。 アルバイトの面接のことなど、もはや 氷河たちの念頭にはなかったのである。 もともと贅沢をする習慣はない。 生活費や 使途を限定されない雑費も、財団から十分に支給されている。 彼等のアルバイトの目的は、あくまで実益を伴う暇潰しと社会参加だったのだ。 「瞬ちゃん……」 恐い人たちに見付かるのが恐くて、外でバイトもできず、自宅でサンプル品のシール貼りの内職をしているというエスメラルダの様子を見た瞬間、氷河たちが抱いていた様々な謎や疑念は一瞬で消滅した。 エスメラルダは、瞬に似ていた。 髪が金髪であることを除けば、そっくりと言っていいほど。 つまり、かなりの美少女だった。 見るからに善良、いかにも控え目で 大人しそうな表情や印象も、瞬に酷似している。 だが、決定的に 瞬と異なる点が一つ。 瞬は、どれほど控え目に大人しくしていても、その根底に強い意思と力を感じるのに、エスメラルダには それがない。 エスメラルダは、“力のない瞬”だった。 一輝が、言ってみれば赤の他人であるエスメラルダを助けようとする気持ちが、エスメラルダの心許なげな佇まいをみて、氷河たちは瞬時に理解できてしまったのである。 「いくら可愛くても、瞬をフーゾクで働かせようなんて、普通の人間なら考えないだろうけど、これは――」 まさか『いかにも性風俗関連特殊営業に引き込まれそうな』と言うこともできず、星矢は、 「なんか、すごく薄幸そう……」 と、小さな声で呟くことになった。 が、その呟きも、十分に気の毒で失礼である。 場を執り成したのは、あろうことか氷河だった。 「さっきの、ミス・クリスマスケーキだったか。瞬でなければ優勝できないんだろうと思っていたんだが、これなら十分、当人で優勝できるだろう。当人が出ればよかったんだ。瞬よりずっと普通の美少女だ。シール貼りの内職よりは 割もいいだろう」 「エスメラルダさんは恥ずかしがりやで、あんなふうな場所で 見世物になることなんかできないよ。僕なら見世物になっても男だから平気だけど、エスメラルダさんは女の子だもの。何より、そんな目立つことをして 恐い人たちに見付かったら、かえって 状況がよくない方に転びかねない」 「だから、男のおまえがミスコンに出ていいということにはならんだろう。……が、なるほど。そういう弊害があるのか」 得心しかけた氷河の腕を、瞬が こそこそと引っ張る。 瞬に、 「一輝兄さんは エスメラルダさんが好きなんだと思うの。そのエスメラルダさんを見世物にしたりしたら、エスメラルダさんは平気でも、一輝兄さんが激怒するよ」 と、耳打ちされて、氷河は得心する気がなくなってしまったのである。 瞬は、兄の恋心は考慮するくせに、瞬に恋している男の気持ちは考慮してくれないのだ。 むっとして爆発しそうになった氷河を、紫龍が、 「借用書を見た限りでは――金利15パーセント。高金利だが、法的には問題がないようだな。お父さんは生命保険には入っていなかったのか」 という事務的な話題で牽制した。 「生命保険なんて無理です。保険料が払えませんから。父は 定職に就いているとは言えない人で、日雇いやギャンブルやテキ屋――そういうので、ぎりぎり生計を立てているような人でしたから……」 彼女が恥じることではないのに、恥じるように、彼女は答えてきた。 星矢たちは、そんなエスメラルダに、普通に好意を抱いたのである。 彼女は瞬に似ている。 瞬と違って、試練に自ら立ち向かっていく強さはないのだろうが、彼女は こんな悲惨な状況の中に放り込まれても、人間一般や社会や運命を憎んだり ひねたりしない強さは持っているのだ。 「日本国民は、憲法で職業選択の自由が保障されている。未成年に水商売を強いるなんて、普通に法に触れる行為だ。児童相談所や その手のNPО法人に相談を持ちかけて、法的な解決を試みてはどうだろう」 「それで引いてくれないから、恐い人たちなんです……」 教科書通りの紫龍の助言は、エスメラルダの泣きそうな声で棄却された。 「一輝は、あれで 結構な事情通だ。その一輝が、金を稼ぐ方向で動いているのなら、借金をすべて返して すっきりするのが 最も危険がなく、後腐れのない解決方法だということだろうな。一輝は、エスメラルダの身の安全を第一に考えているだろう」 「一輝の考えを いちばんわかってるのは、いつも おまえだよな、氷河。犬猿の仲のくせに」 星矢の茶々を、氷河は聞こえなかった振りをした。 「だが、だとしても――金を返そうとする姿勢を見せていれば 暴挙には及ばないのだとしてもだ。高校生のバイトで地道に稼いでいるだけでは、金利を返すので 精一杯だろう。元金はいつまでも 丸々 残ったままだ」 「未成年は、ギャンブルで当てて、でっかく一攫千金ってわけにもいかないしなー」 「してみると、ミスコンの優勝賞金37万を手に入れ損ねたのは痛いな」 「瞬がイチゴを乗っけたショートケーキのイメージキャラコンテストで優勝したって、誰に迷惑がかかるわけでもないのに、どっかの馬鹿男が 焼きもち焼いて暴れてくれたおかげでさあ……」 紫龍と星矢の二人掛かりの嫌味攻撃は、最後に、 「氷河。おまえ、責任取って、ホストでもして、金 稼いでみれば?」 「それで一輝より稼ぎがよければ、瞬に見直してもらえるぞ」 という場所に着地した。 残念ながら、その策は、 「俺に女の機嫌取りができると思うのか」 という万民が納得する理由で立ち消えになってしまったのだが。 |