ところで。
ライトヒル王国の王様とお妃様は、とっても小さな頃に出会って、熱烈な恋をして結ばれた二人です。
ナターシャ姫は そう聞いていました。
ナターシャ姫は、王様であるパパから、パパ王様とマーマお妃様の恋のお話を 繰り返し聞かされて育ったのです。
何度も何度も聞かされているので、ナターシャ姫は、パパ王様から聞いた パパ王様とマーマお妃様の恋のお話を ほとんど憶えています。
パパ王様とマーマお妃様の恋の歴史年表を作れるくらい、パパ王様とマーマお妃様の恋の歴史書を書けるくらい、ナターシャ姫は パパ王様とマーマお妃様の恋について詳しいのです。

泣き虫だったマーマお妃様を、パパ王様が いつもいじめっ子から庇ってやっていたこと。
そのたび、マーマにお妃様 『ありがとう』を言われて、パパ王様が嬉しい気持ちになっていたこと。
ブラックスワンという悪者に倒されそうになっていたマーマお妃様を、パパ王様が颯爽と助け出したこと。
節分の鬼のお面をつけた悪者に“憎め憎め”洗脳されていた一輝おじさんが マーマお妃様を殺そうとした時も、パパ王様が命がけでマーマお妃様を守り抜いたこと。
逆に、双子座の悪者が作った迷宮で 異次元に飛ばされそうになったパパ王様を、愛の鎖で マーマお妃様が助けてくれたこと。
頭が石でなく氷でできた頑固師匠に凍らされて死にかけていたパパ王様を、マーマお妃様が愛の力で生き返らせてくれたこと。
ナターシャ姫のパパとマーマは いつも一緒で、いつも二人で助け合い 支え合い 庇い守り合って、愛を深めてきたのです。
パパ王様とマーマお妃様は、ナターシャ姫が二人の許にやってきた時には、ナターシャ姫を必ず 世界一幸せな お姫様にするのだと、二人で誓い合いました。

ナターシャ姫のパパであるライトヒル王国のパパ王様は、マーマお妃様との恋のお話をするのが大好きです。
パパ王様は、ナターシャ姫に、子守歌代わりに マーマお妃様との恋のお話を 毎日 話してくれました。
ナターシャ姫は そのたび うっとり ふわふわ気分です。
ナターシャ姫は、自分の許に パパ王様のようにカッコよくて強い王子様が来てくれることを、いつも夢見ていました。

パパ王様は、
「俺よりカッコよくて強い王子サマなんか いるわけがない」
と言って、素敵な王子様を夢見るナターシャ姫を しょんぼりさせましたが、マーマお妃様は、
「ナターシャちゃんが 優しい いい子でいれば、きっと素敵な王子様に出会えるよ」
と言ってくれるので、ナターシャ姫は すぐに元気になりました。
ナターシャ姫は、パパ王様が大々々好きでしたが、パパ王様の言うことより マーマお妃様の言うことの方を信じていたのです。
パパ王様よりマーマお妃様の方が 物知りで、正しい判断ができることを、ナターシャ姫は知っていました。
“大好きなこと”と“信じること”は 別物なんですよ。

それに、なにしろ、当のパパ王様が、『俺の言うことより、瞬の言うことを聞くように』と、いつも ナターシャ姫に言っていましたからね。
あ、『瞬』というのは、ライトヒル王国のマーマお妃様のお名前です。
パパ王様の名前は、『氷河』といいます。
パパ王様とマーマお妃様は、いつも お互いを名前で呼び合っているのです。
『王様』と『お妃様』ではなく、『パパ』と『マーマ』でもなく、『氷河』と『瞬』。
ナターシャ姫は、互いに名前で呼び合っているパパ王様とマーマお妃様を “すごくカッコいい”と思っていて、素敵な王子様と恋に落ちた時には 自分たちもそうするのだと決めていました。
『お姫様』ではなく、『ナターシャ』と呼んでもらうのです。
もちろん、ナターシャ姫も 名前で王子様を呼びます。

ナターシャの王子様の名前は何という名前でしょう?
まだ見ぬ 憧れの王子様。
今はまだ 心の中で呼ぶことも叶わない王子様の名前。
あれこれ思いを巡らすだけで、ナターシャ姫の胸は、オーブンに入れたスポンジケーキの生地が バターの匂いを振りまいて、ふっくら膨らむみたいに ぽわーんと膨らむのでした。






【next】