マーマの表情が沈んでいるのは、自分がお年玉に固執しているせいだと思ったのか、ナターシャが、ソファに掛けている瞬の膝の上に飛び乗ってくる。
そうして 彼女は、憂い顔のマーマを元気にするために 笑顔を作った。
「マーマ。ナターシャは オオガネモチになれなくても平気ダヨ。一輝ニーサンが来ても、お年玉は500円だけかもしれないシ」

ナターシャの中には すっかり、“一輝ニーサンは ケチでセコイ”――とまではいかなくても、“一輝ニーサンは倹約家”くらいの固定観念が形成されつつあるらしい。
それは あまりよろしいことではないのだが、大金持ちになれなくてもいいという健気な決意で マーマを元気づけようとするナターシャの優しさに、瞬は胸を打たれたのである。
同時に、これで あまりおめでたくない話を打ち切ることができそうだと、瞬は ほっと安堵の息を洩らした。
ナターシャの身体を抱き上げて、彼女に尋ねる。
「ナターシャちゃん、お年玉で買いたいものがあるの?」
「ウン!」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、力のこもった返事。
瞳を輝かせて、ナターシャは、彼女のお年玉利用計画を語り始めた。

「アノネ。ナターシャは、ナターシャのお年玉で、星矢お兄ちゃんに、エビとカニとホタテ入り特大海鮮肉まんを ご馳走してあげるノ。星矢お兄ちゃんは、育ち盛りだから、いつもおなかがすいてるんダヨ。紫龍おじちゃんには、シャンプーとトリートメーントのセット。紫龍おじちゃんは髪が長いカラ、シャンプーとトリートメントをいっぱい使うデショ。パパとマーマには、ペアのエプロンダヨ。パパのはロングで、マーマのは胸当てつきダヨ。一輝ニーサンには、黒くないサングラスをプレゼントするヨ。黒いサングラスは目によくないノ。マーマは いつもそう言ってるヨネ」

ナターシャは、お年玉をもらう前から、もらったお年玉の使い道を あれこれ考えていたのだろう。
練りに練った計画を披露できることが嬉しくてならないのか、お年玉の使い道を発表するナターシャの頬は、興奮で紅潮していた。
が、どう考えても、ナターシャの計画は 破綻必至の計画である。
それは、一輝が松の内に間に合って、ナターシャが予定通りに大金持ちになれたとしても、完全に予算をオーバーしてしまうだろう。
――などという現実的で 心無いことを言って、ナターシャの優しい お年玉計画を台無しにするわけにはいかない。
ナターシャのマーマとして、それ以前に 一人の人間として、瞬には そんなことはできなかった。

「僕と氷河に おそろいのエプロンをプレゼントしてくれるの? 嬉しいな。氷河も大喜びだよ」
瞬は そう言ってから、さりげなく ナターシャの計画変更作戦に取りかかった。
「あれ? でも、ナターシャちゃんの欲しいものはないの? 新しい お洋服や玩具は?」
「ナターシャの分は、お洋服も玩具もパパが買ってくれるから いいんダヨ。デモ、星矢お兄ちゃんは いつも おなかを空かせてるカラ、ナターシャが助けてあげなきゃ、飢え死にしちゃうかもしれないでショ。紫龍おじちゃんには、いつも アジアンびゅーてぃーしててほしいし、パパとマーマには仲良く 美味しいごはん作ってもらいたいし、一輝ニーサンはマーマが心配しなくていいように、目に優しいサングラスをかけてほしいシ」

ナターシャは、自分のもらった お年玉で 自分のしたいことをするだけで、それを親切や優しさだとは認識していないらしい。
ナターシャの無自覚の是非は さておき、無自覚に そういう考えを抱けるということは、彼女が現在 極めて幸福で 恵まれた境遇にあるということの証左と言っていいだろう。
瞬は、ナターシャの計画を知らされて、自分の計画を断念することにした。

「ナターシャちゃんには、無駄使いをしないように貯金を覚えさせようとしてたんだけど、何だか、そういうのは かえって貧しいことのような気がしてきた……」
「貯金は、ナターシャには早すぎるのではないか?」
「早すぎ早すぎ。ナターシャには、ぜひとも育ち盛りの俺に救いの手を差しのべさせてやるべきだぜ。そんで、経済の活性化に寄与すべきだ」

紫龍と星矢に そう言われ(星矢のそれは 我欲からの意見のような気もしたが)、瞬は、彼等の助言を()れることにした。
「そうだね。とりあえず、今年は、ナターシャちゃんの お年玉利用計画に補助金を出す方向で 行くことにするよ。僕は疫病神かもしれないけど、福の神のナターシャちゃんがいれば、そういう縁起の悪さもナターシャちゃんが相殺してくれそうだし」
「ナターシャの服の神はパパダヨー」
“フクのカミ”が司る“フク”の内容を誤解しているらしいナターシャが、瞬の言葉に訂正を入れてくる。

“ナターシャの服の神”なる称号は、氷河にとって名誉なのか不名誉なのか。
氷河は その点に関しては 意見を明らかにすることはなかったが、
「その、おまえが疫病神とか貧乏神とかいう考え方は捨てろ」
という忠告(命令?)だけは はっきりと口にした。
「うん……」

瞬自身、すっかり忘れたつもりでいたのだ。
どうして こんなことを思い出してしまったのか――。
自分で自分に戸惑いながら、瞬は 氷河に頷いた。






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