気温は 例年より低いのに、今年は雪が少ない。
瞬が 氷河を木枯らしの吹く城戸邸の庭に連れ出したのは、常春のエリシオンで暮らしていたスキアは寒さが苦手のようだったから――だった。
ここなら、氷河との やりとりをスキアに聞かれることはない。

「氷河に こんなことを頼むのは気が引けるけど、スキアに優しくしてあげて」
瞬に そう頼まれた氷河の返事は、
「あれはおまえじゃない。なぜ おまえが“気が引ける”んだ」
だった。
『自分に優しくすることを求めているのではないのだから、おまえが気後れする必要はない』ということなのだろう。
氷河は、瞬とスキアは独立した別々の個人と見なしている。
だが、瞬にとって スキアは、自分とは別の個人ではあるが身内だった。

「僕が氷河に冷たくされているみたいで、切ないの」
氷河の好意を利用するようで、一層 気が引けたが、瞬は あえて その卑怯な手段の行使に及んだ。
「……わかった」
氷河が いかにも不本意という目と声で、瞬の要請に応じてくる。
「あ……ありがとう!」
自分の瞬への好意を利用されることは、(利用するのが瞬であるなら)氷河は、そう不愉快ではないのかもしれなかった。
笑顔で礼を言った瞬に、氷河が代償を求めてくる。

「その代わり、キスしてくれ」
「あとでね。すぐにスキアのところに行って――」
「今、ここで」
瞬は、気が急いていたのである。
氷河がスキアの許に行き、彼に優しく笑いかける。
スキアは、それを とても喜ぶだろう。
自分を幸福な人間だと思うだろう。
嬉しくて、もしかしたら、彼の笑顔を見ることもできるかもしれない。

自分なら そうだから、スキアも そうであるに違いないと、瞬は半ば 決めつけていた。
スキアの笑顔を見たくて――瞬は気が急いていたのである。
一刻も早く 氷河をスキアの許に連れていきたいと。
だから、瞬は、日頃の用心深さを忘れてしまったのだ。
「じゃあ、氷河。ちょっと屈んで」
「こうか?」
氷河が、首を僅かに前方に傾ける。
瞬は両腕を氷河の首にまわし、絡め、唇を氷河のそれに重ねていった。

氷河が珍しく 自分からは何もせず、瞬に為されるがままでいる――というより、暗に、瞬の積極的能動的なサービスを要求してくる。
瞬は、自分にできる限り、自分が知っている限りの技を駆使して、氷河を満足させるべく努めたのだが、氷河からのOKは なかなか出ない。
自分のそれが 過払いになっていることに瞬が気付いたのは、
「おまえら、いつまでやってんだよ。終わるのを間抜け顔で待ってる こっちの都合も少しは考えてほしいんだけど」
手間取る支払いが終わるのを静かに待っていられなかった星矢が投げ入れた“ストップ”のおかげだった。

「ギネスブックに載っている長時間のキスの記録は、58時間超だそうだ。十二宮戦を ほぼ5回分。記録の更新に挑むことを無駄と断じるつもりはないが、時間と体力は もう少し有効に使うべきだ。おまえたちは、地上の平和を守るために戦うアテナの聖闘士でもあることだし」
「星矢……紫龍……」
紫龍のように真面目くさった顔で 教育的指導を垂れられるより、星矢のように はっきり『大迷惑!』の一言で片付けられた方が、いたたまれなさは少ない。
彼等は、氷河と瞬の いちゃつき振りを覗き見に来たのではなく、邸内にスキアの姿がなかったので探しにきたのだと言った。

「アテナの聖闘士でもない限り、無許可で この屋敷を出入りすることは不可能だろう」
こういう時だけ無駄に冷静な判断力を発揮する氷河の言う通り、スキアは まもなく邸内で見付かった。
星矢たちが邸内に彼の姿を見付けられずにいた時、彼がどこにいたのかも、まもなく わかったのである。






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