「僕は、スキアが 幸せがどんなものなのかを知り、自分は幸せだと実感できる時間を持てるようにしてあげたいんだ」 瞬が仲間たちに そう宣言したのは、贖罪という動機、スキアの幸福という目的を 仲間たちに知らしめることで、自身の決意を固くするためだった。 もちろん 仲間たちの理解と協力を得るためでもある。 特に、スキアが特別な好意(あるいは興味)を抱いているらしい氷河の協力を得たいと、瞬は思っていた。 それが無理なら、せめて“邪魔をしない”という約束だけでも取り付けたいと考えて、瞬は仲間たちの前で 宣言したのである。 沙織とのやりとりで “スキアの幸福”という目標を掲げるに至ったこと、その目標を達成するために努める決意したことを。 「おまえには贖罪の義務も必要も全くないと思うが、それで おまえの気持ちが少しでも軽くなるのなら、できる限り 協力はする。だが、奴のために、おまえが苦しむとか、不利益を被るとか、そういう事態は、俺は決して許容しないぞ」 仲間たちの先頭に立って 自分から能動的に動くことは滅多にないが、いったん こうすると決めた瞬を押しとどめることは ほぼ不可能なことを知っている氷河は、いかにも しぶしぶといった体で、瞬の目標達成に協力することを約束してくれた。 「氷河が焼きもち焼くくらい、瞬がスキアを猫可愛がりって、滅茶苦茶 面白そうだから、俺は積極的かつ全面的に協力するぞ」 それが“いいこと”で、その上 面白そうなことなら、星矢に否やはない。 紫龍も、基本姿勢は星矢と同じだった。 「俺も もちろん、協力は惜しまないが――」 ただし、紫龍は、星矢よりも慎重である。 「俺たちは、物心ついた頃から、孤児という自分の社会的立場を自覚して育ってきた。その上、アテナの聖闘士として、死と隣り合わせの戦いを 日常的に経験している。身も蓋もない言い方をすれば、俺たちは、生きているだけで幸せだと思うことのできる人間だ。だから、幸せ感知レベルが一般人とは少々違っているかもしれないぞ。しかも、スキアは、俺たちとは異なった方向に一般的じゃない」 「そうだね。でも、そこは何とか試行錯誤して……。沙織さんも、赤ちゃんを育てるように接するのがいいんじゃないかって言ってたし――」 「瞬なら、大丈夫だろ。でかくて我儘で うるさい赤ん坊の扱いなら、氷河で慣れてる。スキアは、氷河と違って、うるさく騒ぎ立てないし」 「それはどうか、わからないけど……」 スキアは、氷河と違って、騒いで意思表示をしてくれない。 それが、かえって 赤ん坊を育てる作業を困難にすることは、育児に 取りかかる前から、瞬にはわかっていた。 漠然と、“優しくする”“親切にする”スタンスでいた時には、瞬は スキアの無表情に臆することもあったのだが、“贖罪”という大義名分を得た瞬は、能動的かつ積極的。 厚意の押しつけにならないよう注意はしたが、もう遠慮はしなかった。 話しかけ、笑いかけ、触れる――という基本行動は言うに及ばず、スキアの国語(ギリシャ語)力を確認して、絵本や児童文学の読み聞かせもしてみた。 散歩に連れ出し、公園の遊具で遊んでみたり、エリシオンにはなかった山や海を見せるために、少々 遠出もしてみた。 スキアは、突如 始まった 瞬の積極的な接近に 戸惑っているようだった。 だが、彼が戸惑う表情を見せてくれるようになっただけでも進歩である。 スキアは、『これ、なに?』『どうして?』等、質問形の言葉を発することが多くなり、それは やがて、『すごい』『綺麗』『あったかい』『面白い』等の感嘆文に変わっていった。 瞬は、それが嬉しかったのである。 沙織が言っていた通り、スキアは愛情を与えられずに育ってしまった赤ん坊。 愛情を与えられれば、スキアは――人間は――愛を知る大人に育っていくのだと、瞬には信じることができるようになっていた。 |