その朝、瞬は、自室のドアが開く音で目覚めた。
瞬は まだベッドの中にいた。
ノックはなかった。
当然、瞬は、誰にも入室の許可を与えていない。
ドアをロックしていないのは いつものことで、有事の際に 素早く外に出るため。

部屋の中に入ってきた人間には 敵意も害意もなかった。
小宇宙も感じられなかった。
動きも、聖闘士のものではなく 一般人の範疇内、素早いわけでも敏捷なわけでもない。
むしろ、かなり緩慢だった。
だが、瞬は、それが見知らぬ人間の気配だったので、ひどく慌てたのである。
仲間たちの気配でも、城戸邸の使用人たちの気配でもない。
それが 知っている人間の気配であっても、瞬は同じように慌てただろうが、ともかく 瞬は慌てた。

目を開け、その人が誰なのかを確かめて、瞬は更に混乱したのである。
無断侵入者が見知らぬ人間ではなかったから――瞬の よく知る人間だったから。
「スキア……?」

スキアの瞳は 虚ろだった。
虚ろなのに燃えている。
ベッドの上に上体を起こそうとした瞬の肩を、スキアが押し返し、そのまま 強く瞬の身体をベッドに押しつける。
スキアは 瞬の上に馬乗りになり、そして 両手で――恐ろしい力で、瞬の首を絞めつけてきた。
自分が何をされているのか、瞬は 咄嗟に認知できなかったのである。
認知できてからも――状況を理解できたからこそ――瞬は抵抗せず、スキアの顔を――目を見詰めた。
虚ろな目。にもかかわらず、燃えている目。
瞬の喉元に押しつけられているスキアの二つの親指の先、首を掴みあげている他の指、手の平――すべてに渾身の力が込められている。
スキアは、ふざけて こんなことをしているのではない。

「イヤだ……」
低く呻いたのは、瞬ではなくスキアだった。
「いやだ、しゅん……」
喉の奥から 懸命に絞り出そうとしている声。
だが、何らかの力によって、スキアは 声を出すことを止められている――ように見えた。

やがてスキアは、言葉を発することを諦めたらしい。
言葉の代わりに、スキアは 瞳から涙をあふれさせた。
幾粒も幾粒も、スキアの瞳は 涙の滴を次から次へと生み続ける。
その涙の滴が、瞬の瞼や頬に落ちてくる。
瞬の首を絞めつけているスキアの両手には、一層 強い力が込められる。
スキアは、自身の呼吸を止めていた。
まるで、瞬の呼吸が止まるより先に、自分の呼吸を止めようとするかのように。

だが、その競争に決着は つかなかったのである。
「貴様、何をしているんだっ !! 」
瞬の隣りに寝ていた氷河が、瞬の小宇宙の あり得ない揺らぎに気付いて やっと目を開け、瞬の首を絞めているスキアに気付いて、ほとんど反射的に、彼の身体を瞬の上から払いのけたせいで。

塞がれていた気道に 再び入ってきた空気のせいで、瞬が幾度もむせる。
床に転がり落ちたスキアは――それでなくても白い頬が 白色の絵具で塗りつぶしたように 更に白くなっていた。
四肢が異様な速さで小刻みに痙攣している。
それ以上に 心臓が大きく激しく痙攣し、やがて スキアは全く動かなくなった。






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