奇跡の石は、12年に1度、北の国の王が 北の国の守護神に 人間の生贄を一人捧げ、それが 神の気に入れば 神が王に12年分の石を授けてくれることになっています。 つまり、人身御供です。 生贄になる人間は、北の国で最も素晴らしい人、優れて価値ある人間を、王が選びます。 強い剣士、最高の賢者、楽器の名手、舞の舞手、才能あふれる詩人や 目の覚めるような美貌の持ち主。 北の国の建国から1000年以上。 そういった人たちが、12年おきに 王によって選ばれ、神に捧げられてきたのです。 生贄が神の気に入ると、北の国を守護する神は 奇跡の石が入った大きな重い鉢を 北の国の王の前に引き出します。 誤解しないでくださいね。 大きくて重いのは鉢だけで、中に入っている石ではありません。 神がくれる鉢というのは――そうですね。日本の国宝 火焔型土器を思い浮かべてください。 あんなふうな形の(ただし鉄製の)鉢に、大豆くらいの大きさの奇跡の石が300粒くらい入っています。 奇跡の石の量は、だいたい 大人の男の人が片手で持てるくらい――と思ってください。 『たった、それっぽっち?』なんて言わないでくださいね。 それだけあったら、北と南のアメリカ大陸だって買えるんです。 おまけで アラビア半島がついてくるかもしれません。 それが12年分の奇跡の石。 1年に25個。 1ヶ月に2粒くらいでしょうか。 その奇跡の石を砂粒レベルに砕いて やりくりするのが、北の国の王のお仕事なんです。 王様や皇帝やお殿様、選挙で選ばれる議員さん等、治世者の仕事は、国の収入(税金)の使い道を決めること。 それだけといっても 間違いではありません。 その仕事を行なうために――北の国の王には、12年に1度、神に捧げる生贄を選ぶという仕事もありますけれどね。 ただの生贄ではありません。 神に気に入ってもらえる生贄です。 北の国の王は、国の民の中から 神様に気に入ってもらえる生贄を見付け出さなければならないのです。 過去の成功例を調べると、神は美しくて無欲で清らかな人間を好む傾向があるようでした。 ただし、無欲なら赤ん坊を捧げればいいと考えた過去の王が 生まれたばかりの赤ちゃんを生贄として捧げたら、神の怒りを買って、生贄を突っ返されてしまったという記録がありますから、赤ちゃんの生贄はNGです。 食欲と保護欲の塊りである赤ちゃんは、神に『よろしくお願いします』も言わず、神の前で泣き叫び続けたのかもしれません。 たまたま神様の機嫌が悪かっただけということも考えられますが、ともかく 赤ちゃんの生贄はNGです。 そんなふうに、生贄が神の気に入らないこともあります。 選んだ生贄を神に気に入ってもらえず、生贄の儀式に失敗すると、失敗した国王は 奇跡の石をもらうことができません。 北の国の民は、それでなくても 奇跡の石で ぎりぎり生き延びているような状態。 儀式に失敗して、12年後の儀式まで 奇跡の石をもらうことができなかったなら、北の国の民はみんな飢えて死んでしまうでしょう。 北の国の王が 生贄の選択を誤ると、北の国は滅びてしまいます。 ですから――自分が選んだ生贄を神に気に入ってもらえなかった時、北の国の王は、王の印である奇跡の石のペンダントを外し、自分の命を絶つことになっていました。 気に入ってもらえなかった生贄の代わりに王の命を神に捧げて、神に、奇跡の石を授けてもらうのです。 北の国の生贄の儀式は、つまり 王が選んだ生贄と王の どちらかの命を神に捧げて、その代償として 奇跡の石をもらう儀式なのです。 神に生贄を気に入ってもらえず、代わりに王が 自らの命を神に捧げた場合は、生贄が生きて戻り、その旨を氏族長会のメンバーに報告。速やかに、次の王が選ばれることになっていました。 (ちなみに、氏族長会というのは、現代の日本国の内閣のようなものです) 生贄の儀式に成功しても失敗しても、神は その理由を教えてはくれません。 生贄のどこが気に入ったのか、どこが気に入らなかったのか、神は教えてくれないのです。 ですから、神の好みの傾向と対策を練るのは とても難しいのです。 皆さんは、カインとアベルのお話を知っていますか? 某双子座の黄金聖闘士のカインとアベルではなく、旧約聖書のカインとアベルのお話です。 アダムとイブの息子であるカインとアベルが神に貢物を捧げたところ、神はアベルの貢物を気に入り、カインの貢物は気に入りませんでした。 神に愛されるアベルを妬んで、カインは弟であるアベルを殺してしまいます。 カインの貢物の何が気に入らなかったのかを、神はカインに教えてくれませんでした。誰にも教えませんでした。 神様というのは そういうものなんです。 せっかく貢物を捧げたのに気に入ってもらえなかったカインは気の毒です。 貢物を神に気に入られたせいで、カインに命を奪われたアベルも、とんだ とばっちりを食ってしまいました。 ともあれ、そんなふうに 儀式に失敗した王は死んでしまいますし、成功した王は、自分が なぜ成功したのか、よく わかっていないのです。 奇跡の石をもらうための儀式は、いつも 一か八かの真剣勝負。 今回は絶対に成功! と余裕綽々で挑むことのできる儀式ではありませんでした。 その真剣勝負に負けて、王が死ぬと、北の国では すぐに次の王が即位します。 北の国の王位は、亡くなった王の子弟には継承されません。 次の王が、儀式に失敗した王に似ていたら困りますからね。 生贄選びに失敗した王の子供だって、北の国の王位を継いで 父と同じ運命を辿りたくはないでしょう。 北の国には 星座になぞらえた12の氏族があって、北の国の王位は、その12の氏族での持ち回りになっています。 これは、神の命令によるものではなく、人間たちが定めたルールです。 北の国の王は、どこの国でもそうでしょうが、いいことも悪いこともあって、王になりたいという人間の立候補を待っていられないのです。 北の国の王になれば、美しさと健康と不死が約束されます。12年間は。 けれど、王になって12年後、生贄選びに失敗したら万事休す。 その時には確実に死ななければならないのが、北の国の王なのです。 あなたは、北の国の王になりたいですか? 私は嫌です。 いえ、私のことは どうでもいいんです。 それより、北の国にある、星座になぞらえた12氏族のこと。 北の国の王位は 12氏族の持ち回り、お当番に当たった氏族の長が、氏族の若者の中から王になる者を選ぶのがお約束です。 心身共に強い若者が選ばれることが多いようです。 特に、メンタルの強い若者が。 北の国の王は、なにしろ気苦労が多いですから、繊細な人間には 到底 務まらないのです。 北の国が興ってから1000年以上、アリエス氏族から始まって何巡目になるのかは定かではありませんが、北の国の現在の王はアクエリアス氏族の氷河でした。 氷河は、心身共に得体の知れないタフさを持っている青年です。 もっとも、12年前、北の国の王位を継いだ時、氷河はたった6歳の少年だったのですけれどね。 12年前、カプリコーン氏族の王が生贄の儀式に失敗して 崩御・退位した時、アクエリアス氏族は、氷河の叔父に当たる青年を北の国の王にするつもりでした。 ところが、その青年が即位式の直前に 緊張をほぐすつもりで飲んだ お酒に酔い、氷で滑って頭を打ち、見事に人事不省状態。 王位継承式に出て 宣誓の言葉を言うことなど とてもできそうになかったので、氷河がこっそり代役に立ったのです。超厚底靴を履いて。 氷河は、叔父の名誉のために、叔父の失敗のことを アクエリアス氏族の長老たちには隠しておこうとしたのです。 氷河は、叔父の代わりに誓詞を唱え、王の印である奇跡の石のそら豆ペンダントを首にかけました。 氷河は知らなかったのです。 北の国の王の印である奇跡の石のペンダントを 一度 首にかけたなら、それは神にしか外せないのだということを。 経緯を知った氏族長たちは 大慌て。 けれど、すべてが後の祭りです。 次の生贄選びが行なわれるのは12年後。 その時 氷河は18歳になっているので、どうにかなるだろうと、氏族長会の者たちは考えたのです。 本来の王位継承者が王位継承式の直前に倒れたのは、神の思し召しかもしれない。 だとしたら、その定めに逆らってはいけないだろうと。 そんなふうに、王位継承の仕組みが整っているのは、要するに 北の国の王が行なう生贄選びが しばしば失敗するからです。 平均して、3度に1度は失敗しています。 『神は気まぐれ』というのが、北の国の民の神に関する共通認識でした。 |