それが12年前。
そして、今は 12年後。
運命の生贄の儀式の日がすぐそこに迫っていました。
ちなみに、奇跡の石と 生贄の交換は、冬至と春分の真ん中の日に行われます。
北の国が最も寒い時季、私たちのカレンダーでいうと、1月と2月の境目あたりになります。
北の国の王宮の王の私室では(王宮といっても、なにしろ国土が広いだけの貧乏国ですから、無駄に大きいだけで、きらきらも ぴかぴかもしていませんが)、氷河国王が怒髪天を衝いていました。

「何が神への供物だ! どういう言い方をしても、意味するところは同じだ。つまりは生贄! 要するに人身御供! 人身売買、サクリファイス! 神に同胞を差し出して、代わりに恵みを分けてもらう。俺たちがしているのは、物乞いと同じことだ!」
12年前、6歳だった氷河は、今では18歳。
氷河は、奇跡のそら豆ペンダントのおかげで(?)、風邪ひとつ ひくことなく、すくすく育ち、今では立派な若者です。
健康で、強く たくましく、もちろん美貌の持ち主です。

即位時点で 幼かったせいも あって、この12年間、氷河は 面倒な仕事は大人任せにして、比較的 のんびり ゆったり過ごしてきました。
奇跡の石の分配と活用は、それまでの慣例通りに 有能な役人たちが行なって、北の国は無事に治まってきたのです。
あまりに幼い時に王位に就いたおかげで、王の仕事を免除された氷河は、この12年間を 北の国の青少年として ごく普通に過ごすことができました。
学校に行って、勉強をして、運動をして、他の氏族の友だちと つるんで、ちょっとした冒険をしたり、いたずらをしたり。
そして、もちろん 恋もしました。
氷河の恋は、氷河が学業を終えて 本格的に王様稼業に取り組む準備に入っている今でも 現在進行形です。

氷河は、学校で知り合った別の氏族の友人たちを、北の国の王の側近候補として 王宮に招いていました。
北の国では、王都にある学校に入学できるのは、各氏族の将来有望な若者たち( = 未来の官僚候補)だけでしたので、そういう 引き抜きや抜擢は よくあることでした。
贔屓とか コネではないんです。
それでいったら、12年前の国王なりすまし事件がなかったら、氷河の方こそ 王都の学校への入学は認められていなかったかもしれません。

そう。あれから12年。
学業を終えて、いよいよ北の国の国王として 親政を始めようとしている氷河の最初の仕事が、生贄選び。
氷河は、大層 張り切って、その仕事に取りかかり――ませんでした。
張り切るどころか!
氷河は、逆に、その仕事を 死ぬほど嫌がっていました。

北の国と 北の国の民の命を永らえるため、北の国の王は、神に捧げる生贄を選びます。
国のために死んでくれる人を選ぶのです。
氷河は、彼が 我が国最高の人と思う人物を、生贄として選ばなければなりません。
そこいらへんの人をテキトーに生贄として神に捧げて、その生贄を神に気に入ってもらえなかったら、代わりに王である自分が死ななければならなくなるのです。
そんなことになったら大変です。
自分にとって最高の人と思う人を 生贄として神に捧げ、その上で 神に気に入ってもらえなかったのなら、王自身も 自分の死に諦めがつくというものです。

普通は そう考えるものでしょう。
北の国の代々の国王の大多数は、そう考えて 生贄を選んでいたはずです。
ですが、氷河の場合は、事は そう簡単ではなかったのです。

問題は、氷河が もう10年も前から――彼が王都の学校に入学した時からずっと、恋をしているということでした。
恋をしている人間には、自分の恋人こそが最高の人です。
そうでなかったら、その人は、本当の恋をしているとは言えません。
氷河は、本当の恋をしていました。
もちろん、本当の恋をしていました。
氷河より一つ年下で、綺麗で、優しくて、可愛くて、清らかな、バルゴ氏族の瞬に。
(どうでもいいことですが、瞬は氷河と同性でした)(本当に どうでもいいことです)

神に捧げる生贄を誰にするのかを最終的に決めるのは、北の国の国王です。
国の行く末と共に、王自身の命がかかったことなのですから、最終的な決定権は王にあります。
12年に1度の生贄選びは、王と12氏族の長たちによる推挙、その後の合議で決定するのが慣例となっていました。
氏族長たちの意見と王の意見が どうしても合致しなかった時、王は、最終決定権(拒否権)を行使し、自分の意見を通すことができるのです。

氷河が、その氏族長会で、
「俺にとっては、瞬が最高の人間だ。我が国に、瞬より 素晴らしい人間はいない。――と、俺は信じている」
と言ったのは、本音を言えば、『いや、神への生贄として差し出すには、瞬は 若すぎるでしょう』という、氏族長たちの反対意見を期待していたからでした。
氷河が何かしようとすると、いつも、『北の山の温泉を猿にも開放する !? 正気で言ってるんですか! 猿が のぼせたらどうするんです!』だの、『王都の学校に自己推薦枠を設ける !? 馬鹿も休み休み言ってください。そんなことをしたら、人品卑しい生徒が紛れ込んで、学校のレベルが下がるに決まっています』だのと、偉そうに反対ばかりする氏族長たちのこと、きっと 今回も大反対してくれるだろうと、氷河は それを期待していたのです。
一度、生贄候補として 瞬の名を出しておけば、王として誠実に正直に 生贄選びの仕事に取り組んだという大義名分も立ちますしね。

「瞬は、美しくて、優しくて、清らかで、賢くて 強いということ以外、特段 神に披露できるような特技は持っていない。神への生贄には、もっと 神に目をみはらせるような人物を選ぶべきなのかもしれないが……」
氷河が、いつもなら 決してしない“遠慮がち”の演技までしたというのに、何ということでしょう。
氏族長たちは、口を揃えて、
「瞬の他に、この大役が務まる人間は、今 この国にはいないでしょうな。あの若さで、王の尻拭いを ほぼ完璧にこなしている」
「見た目も申し分ない。万人に受け入れられるタイプの美形だ。変に尖ったところがなくて、誰にも嫌われない瞬の容姿は、神の好むところでもあるでしょう」
「王は、さすがに 優れた判断力をお持ちだ」
「国と国の民のための王の至誠、感じ入りました」
「王が 瞬以外の誰かを生贄として名指ししていたら、我々は そこに虚偽を見ていたでしょう」
「民のために、誠を通しましたな」
と、すべてを見通したコメントを披露してくれたのです。

もとい。“見透かしたような”ではなくて“見透かして”いたのでしょう。
彼等は、伊達に 各氏族の長を務めているわけではありません。
バルゴ氏族の長だけが、瞬を失いたくないのか、眉間に深い皺を刻んで 無言でした。






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