ナターシャのおうちでは、ご飯の準備はパパとマーマが交代でするけど、飲み物を作るのは大抵は パパのお仕事。
土曜日の朝は 前の晩のお客さんが粘って朝帰りになることが多いから、毎回じゃないけど、日曜の朝は必ずパパ。
ナターシャが パパに、
「パパは、マーマとナターシャのどっちを好き?」
って訊いたのは、そんな日曜日の朝。

朝ご飯を食べて、そのお片付けをして(ナターシャは食器洗い機のスイッチを入れて、マーマのお手伝いをしたヨ!)、マーマとリビングルームのソファに座ってた時。
パパが、ナターシャの好きなバナナのシェイク(砂糖抜き)と、マーマには キウイとブルーベリー入りのアイスティーを作って、テーブルに運んできてくれた時。
パパは、自分の分の 正体不明の謎の液体が入ったグラスを持って、テーブルを挟んで ナターシャたちのお向かいのソファに座った。

ナターシャが パパに そう訊いたのは、前の日に、星矢お兄ちゃんに、カーサっていう悪者のことを教えてもらったからだった。
カーサっていうのは、パパとマーマが黄金聖闘士になる前、まだ子供だった時に戦った、すごくイケてない悪者なんダヨ。
悪者カーサは、戦う相手の 大事な人に化けて、相手が戦えないでいるうちに倒しちゃうっていう、すごく卑怯で、サイテーサイアクな悪者だった(“サイテーサイアク”っていうのは、星矢お兄ちゃんが そう言ったノ。ナターシャも そう思うヨ。悪者カーサはサイテーサイアク)。

悪者カーサは、星矢お兄ちゃんには、その時 生き別れになってた星矢お兄ちゃんのお姉ちゃんに化けて、それで星矢お兄ちゃんはカーサを倒せなかったんだって。
パパの時には、死んじゃったパパの先生に化けた。
マーマの時は、一輝ニーサン。
一輝ニーサンの時には、マーマ。それから、一輝ニーサンの初恋の人。

ナターシャは、悪者カーサが化けたのがナターシャでなくてよかったって思ったヨ。
その時は ナターシャはまだ生まれてなかったんだから、悪者カーサがナターシャに化けなかったのは当たりまえなんだケド、パパがナターシャのせいで悪者に倒されなくて、本当によかったって思ッタ。
そのことはよかったんだケド。

どうしてパパの大事な人がマーマじゃないノ?
どうしてパパは、死んじゃってる先生が出てきたのに、偽物だって気付かなかったノ?
今なら、悪者カーサはナターシャに化けるカナ?
それともマーマ?
もしかしたら、今でも やっぱり 死んじゃった先生なのカナ?
ナターシャ、それが気になって、だから、パパに訊いたんダヨ。
「パパは、マーマとナターシャのどっちを好き?」
って。

ナターシャに訊かれたパパは、
「へっ」
って、変な声をあげて、すごく変な顔になった。
どんな顔をしても パパはかっこいいんだケド、変な顔は変な顔。
それで、
「どっちも好きだ」
って、答えてきた。
ナターシャは もちろん、そんな答えで納得したりしなかったヨ。
これは、すごくすごく大事なことなんだカラ。

「パパは、ナターシャとマーマのどっちかを、少し多く好きでショ。マーマとナターシャのどっちを少し多く好き? いちばんは どっち?」
「あ……いや、それは……」
ナターシャを見ていたパパが、ちらっと ナターシャの隣りにいるマーマの方を横目に見たのは――パパがマーマを見たのは、間違った答えを言うと マーマに叱られると思ったからカナ?
『マーマ』って答えないと、マーマに怒られると思ったカラ?
『ナターシャ』って答えてもいいのか、確かめようとした?
正しい答えが わからなくて、マーマにカンニングさせてもらおうと思ったのかもしれナイ。

デモ、ナターシャが知りたいのは、“ナターシャのパパとしての正しい答え”じゃなく、“本当の答え”ダヨ。
パパが ナターシャとマーマのどっちを いちばん好きなのかってことダヨ。
そんなのカンニングしなくても わかるでショ。
カンニングはダメ。
パパにカンニングさせないために、ナターシャは急いで座ってたソファから飛び下りて、パパが座ってるソファの方に移動して、パパのお膝によじ登って、そこに立って、通せんぼをした。

「ナターシャ、危ないぞ」
って、パパは言ったケド、ちっとも危なくなんかないヨ。
パパが、ナターシャのこと、しっかり押さえててくれたモノ。
ナターシャは、パパの右と左の膝の上に、左と右の足で踏ん張って 通せんぼした。
ナターシャには、それくらい お茶の子サイサイダヨ。
足の裏の筋肉を鍛えておかないと、足に体重がかかった時に しっかり衝撃を吸収できなくて、足を痛めちゃうんダヨ。

マーマに そう教えてもらったカラ、ナターシャは足の裏の筋肉を ちゃんと鍛えてある。
爪先立ちストレッチダヨ。
これで脚の形も 歩き方も綺麗になるんだって。
パパの好みのタイプダヨ。
ちゃんと鍛えてあるカラ、平らでないところでも、ナターシャは余裕で立ってられるんだけど、パパもしっかりナターシャの身体を掴んで押さえてくれてたカラ、危ないことなんて 全然なかったはずなのに、ナターシャの通せんぼは すぐに崩れちゃった。

だって マーマが急に大声をあげて笑い出したカラ。
ナターシャの通せんぼが カッコ悪かったのかなア って思って、ナターシャは 通せんぼ作戦を一時中断。
マーマが何を笑ってるのか確かめるために、身体の向きを変えて、パパのお膝に お座りした。

マーマはすごく楽しそうに――面白そうに、おかしそうに、笑ってタ。
マーマは いつも にこにこ笑ってて、声を上げて笑うことも時々はあるけど、それは大抵 “楽しそうに”だったり、“面白そうに”だったりで、“おかしくて”じゃない。
“おかしくて”爆発するみたいに笑うのは、星矢お兄ちゃんの得意技ダヨ。
なのに、今日はマーマが おかしくておかしくて たまらないみたいに笑ってル。
こんなマーマ、ナターシャ、初めて見たヨ。
「マーマ……ドーシタノ?」
なんだか すごく心配になって、ナターシャはマーマに訊いた。
マーマは一生懸命 笑うのをやめようとしてるみたいだッタ。
デモ、どうしても やめられなくて、だから、笑ったまま、ナターシャに言ッタ。タブン。

「ナターシャちゃん。氷河が ナターシャちゃんと僕のどっちを好きか、どっちが いちばんか、しっかり確かめてね。氷河が『どっちも好き』なんて甘えたこと言っても、許しちゃ駄目だよ。とことん、問い詰めてやって」
“おかしそう”だったマーマの笑い方が、少しずつ“楽しそう”に変わってくる。
きっともうすぐ、いつもの“にこにこ”になる。
そんなふうに、マーマは いつものマーマに戻っていったのに、パパは いつもの“なんちゃってクール”ができなくなってて、それでパパは、
「瞬~!」
って、泣きそうな声でマーマを呼んだ。

マーマは、それが聞こえなかったみたいな にこにこ顔で、
「どっちが いちばんか、氷河が答えを出したら、その答えを僕に報告してね。僕が採点してあげるから」
って、ナターシャに言った。
泣きべそパパのことは無視無視ダヨ。

「採点?」
ナターシャ、すごく変な気持ちになったんダヨ。
だって、マーマは 前に、ナターシャに、
「誰かを好きだと思う気持ちは、とても不思議なもので、次から次に生まれてきて、計り知れないところがあるね」
って、言ったことがあったカラ。

「ナターシャちゃんが氷河を好きな気持ちと 美味しくて可愛いケーキを好きな気持ちは、同じ“好き”なのに、ちょっと違う。真っ青な空を好きな気持ちと オムライスを好きな気持ちも、どこか似てるけど、どこか違う。好きっていう気持ちは、たくさんあった方が嬉しいね」
あの時、マーマは、“好き”はたくさんあるし、いろんな“好き”があるけど、いい“好き”と悪い“好き”があるみたいなことは言ってなかッタ。
『“好き”は たくさんあった方がいい』って言ってたけど、『“好き”が少ないと0点』なんて言ってなかった。
なのに、マーマはパパの“好き”に点数をつけようとしてるノ?
ナターシャ、ほんとに不思議な気持ちになったヨ。

でも、それで、パパが、
「もし、ナターシャと瞬が危険な目に遭っていたら、俺はナターシャを先に助けにいくぞ」
って答えた(?)のは、きっと答えを書かずに回答用紙を提出すると、0点ももらえないって思ったからだと思ウ。
ナターシャは、でも、そのパパの回答用紙を受け取り拒否シタ。
だって、それは、ナターシャの出した質問の答えになってなかったんだモン。

「それは、ナターシャがマーマより弱いから? パパがマーマよりナターシャを好きだから?」
ナターシャがパパに質問すると、マーマは もうすっかり いつものにこにこマーマに戻ってて、
「ナターシャちゃんは、いつも お利口で鋭いね。そういうのを、口頭試問っていうんだよ。いい加減な答えや ごまかしがないか、チェックするの。ナターシャちゃんは、大きいお兄さんや お姉さんが通う学校の先生にだってなれるよ」
って、褒めてくれた。
パパは、『うーんうーん』って悩んで、でも 結局、ナターシャのコートーシモンに答えられなくて、落第。
あとで、ゆっくり追試をすることになったんダヨ。






【next】