「ナターシャ、とっても真剣に悩んでるんダヨ! ドーシテ、笑うノ。笑っちゃダメ!」 ナターシャが ほっぺを膨らませて怒ったら、星矢お兄ちゃんは『げらげらげら』を『ぜいぜい、ひーはー』に変えながら、 「わりぃわりぃ」 って、全然『わりぃ』って思ってないのが丸わかりの顔で、ナターシャに謝ってキタ。 『わりぃ』って思ってないのに『わりぃ』って言われたって、ちっとも謝られてる気がしないヨ。 実際、星矢お兄チャンは、ナターシャに謝る気は全然なくて、星矢お兄ちゃんの『わりぃわりぃ』は『ちょっとタイム』だったみたい。 『げらげらげら』が『ぜいぜい、ひーはー』になって、その『ひーはー』も終わると、星矢お兄ちゃんは、星矢お兄ちゃんたちが どうしてナターシャの真剣な悩みを聞いて笑ったのか、その理由を教えてくれタヨ。 「ナターシャが、ガキの頃の氷河にそっくりで、それが楽しくて、おかしくて、面白かったんだ」 って。 ナターシャがパパに似てるノ? ナターシャ、そんなふうに言われたの、初めてダヨ。 パパは綺麗でカッコいいから、パパに似てるって言われるのは嬉しいけど、デモ、やっぱりナターシャは マーマに似てるって言われる方が嬉しいヨ。 ナターシャがマーマに似てたら、パパはナターシャのコト、もっと うんと好きになってくれると思ウ。 デモ、ナターシャがパパに似てても、パパはナターシャのコト、もっと うんと好きになってくれナイ。 ナターシャの目標はマーマだモン。 パパは絶対、その方を喜ぶヨ。 だから、ナターシャは、眉をきりっとさせて、星矢お兄ちゃんに言ったンダヨ。 「ナターシャの目標はマーマダヨ!」 って。 きりっきりっナターシャに、 「ナターシャが氷河に似ているのは、顔のことではないから、安心していい」 って言ってくれたのは、紫龍おじちゃんだった。 「目標が氷河ではなく瞬なのは いいことだ。ナターシャは実に賢明――とてもお利口サンだ」 紫龍おじちゃんは、そう言ってナターシャを褒めてから、ナターシャが どんなふうにパパに似ているのかを教えてくれタ。 『パパは、ナターシャとマーマのどっちが好き?』って訊くのが、パパにそっくり――パパとおんなじなんだよって。 パパは、今より子供だった時、 『おまえは、俺と一輝のどっちが好きなんだ?』 って、毎日1日に2回くらいマーマに訊いて、マーマを困らせてたんだって。 今より子供だったマーマは、パパと一輝ニーサンを おんなじくらい大好きだったカラ、 『どっちも大好きだヨ』 って答えた。 ナノニ、パパは、 『どっちかを ちょっと多く好きなはずだ』 って 言い張って、マーマに、 『おまえは、俺と一輝のどっちが好きなんだ?』 って 訊き続けたんだって。 マーマは、『好き』に順番なんかつけたくないノニ。 「ナターシャが氷河の答えを突きとめるのを、瞬が応援しているのは、あの頃の意趣返しだろうな」 「イシュガエシ?」 異種格闘技なら知ってたんだけど、『イシュガエシ』の意味がわからなくて 首をかしげたナターシャに、紫龍おじちゃんが その意味を教えてくれた。 イシュガエシっていうのは、仕返しをすることなんだって。 「しっぺ返しとも言うな」 って、紫龍おじちゃんは付け足した。 「子供の頃――と言っても、今のナターシャより10歳は大人になっていたんだが、あの頃、瞬は氷河に、『おまえは、俺と一輝のどっちが好きなんだ』と毎日 しつこく訊かれて、苦労させられていたんだ。だから 今、氷河に同じ苦労を味わってもらって、人の気持ちや立場を思い遣れる人間になってほしいと、瞬は思っているんだ」 「人の気持ちや立場を思い遣れる人間に……?」 それは、今のナターシャが人の気持ちや立場を思い遣れないってことだヨネ? ナターシャは、お顔、真っ青ダヨ。 ナターシャの目標はマーマなのに、パパとおんなじことしてたら、ナターシャ、パパに嫌われちゃうヨ。 「ナ……ナターシャは……」 「ああ、ナターシャは気にしなくていいんだ。瞬の意趣返しは、氷河への教育、躾だ。つまり、氷河のためになることだ。ナターシャは、できるだけ 瞬を手伝ってやれ」 紫龍おじちゃんは、気にしなくていいって言うけど、ナターシャ、気にするヨ。 パパは、マーマみたいに 思い遣りがあって優しい人が好きなのにも異種格闘返しなんかしたら――。 「ナターシャ、パパに嫌われない?」 心配して訊いたナターシャへの 紫龍おじちゃんの答えは、 「瞬の手伝いをしてるのに?」 だった。 それで、ナターシャ、安心したノ。 そうダヨ。 ナターシャがマーマのお手伝いしてると、パパはいつも ナターシャを褒めてくれるヨ。 パパがナターシャのこと、嫌いになるはずないヨ。 「瞬は、自分が氷河の いちばんだと思って自信満々でいるんじゃない。そうではなく、瞬は“いちばん”にこだわっていないんだ。瞬は むしろ、氷河が『ナターシャがいちばん』と答えなかったら、氷河を叱るだろう。氷河は、それがわかっているから、かえって困っているんだ。子供の頃、瞬に『氷河がいちばん』と言ってもらいたくて 駄々をこねていた自分を憶えているから」 パパは、そんなにマーマのいちばんになりたかったノ? “いちばん”は、嬉しいだけのことじゃないノニ。 「『瞬がいちばん』と答えないと、自分は『氷河がいちばん』と言わせようとしていたくせに、その当人が『瞬がいちばん』を言わないのか――ということになる。『ナターシャがいちばん』と答えないと、ナターシャのパパとしての自覚が足りないと、瞬に叱られる。そんな事情がなくても、実際 氷河は 瞬とナターシャの両方を いちばん、同じくらい好きでいるから。氷河は どっちがいちばんとも答えられない。子供の頃の瞬が そうだったように」 ソッカー。 マーマはパパと一輝ニーサンの どっちもおんなじくらい大好きだって言ってたンダ。 そうだヨネ。 マーマは きっと、“好き”に順番つけるの、嫌いだモノ。 「ナターシャに会うまでは、氷河は いつも瞬に、『おまえがいちばん』、『おまえだけがいればいい』と言っていたんだ。だから、瞬にも『氷河がいちばん』を求めていた。それが ナターシャに出会って、氷河の“いちばん”は、瞬とナターシャの二人になった。自分が いちばんを決められなくなったから、瞬にも『いちばんを決めなくてもいい』と言い出したら、それこそ 氷河は、自分の都合しか考えていない自分勝手な男だということになる」 「実際、そうだろ。氷河くらい、我儘で自分勝手な男は そうそういない。だから 瞬は、氷河に反省させようとしてるわけ。今の氷河は、瞬に仕返しされてるっていうより、ただの自業自得の因果応報の ざまあ見ろの コンコンチキ」 「まあ、その通りなんだが」 ナターシャは、“ジゴージトク”の意味、知ってるヨ。 自分のしたことは自分に返ってくるってことダヨ。 マーマに教えてもらった。 ナターシャは、“インガオーホー”の意味も知ってル。 いいことをすれば、いい お返しがあって、悪いことをすれば、悪い お返しがあるってこと。 マーマに教えてもらった。 “ザマアミロ”は、ナターシャが使っちゃいけない言葉だから、ちゃんとした意味は知らない。 “コンコンチキ”は――“こぎつねこんこん”と おんなじかな? むくれた顔の星矢お兄ちゃんを見て、紫龍おじちゃんは困った顔をして笑った。 星矢お兄ちゃんに、 『星矢お兄ちゃんは、ナターシャのパパとマーマのどっちが好き?』 って訊いたら、星矢お兄ちゃんは きっと、マーマって答える。 “好き”に順番をつけられるのかどうか、ほんとはナターシャにも よくわからないけど、星矢お兄ちゃんは いつもマーマの味方なんダヨ。 ナターシャ、それだけはわかる。 それは わかるケド。 「むー……」 ナターシャ、困っちゃったヨ。 いちばんを決められないパパやマーマの気持ちは、ナターシャもわかるノ。 ナターシャだって、パパとマーマのどっちも大好きだし―― いちばん好きなのはパパだけど、ナターシャの目標と理想はマーマだし。 “理想”は“いちばん好き”より上なのカナ? “好き”と“理想”と“目標”は違うことなのカナ。 “好き”の順番は、本当に難しいヨ。 決めなくていいのなら、決めないでいるのがいいヨ。 デモ……デモネ。 ナターシャは、パパに“いちばん”を決めてもらわないと困るんダヨ。 ナターシャが、顔をくしゃくしゃにして悩んでたら、そんなナターシャを 星矢お兄ちゃんが不思議そうに見詰めてキタ。 ソレカラ、 「ナターシャは氷河より頭いいから、瞬とナターシャのどっちを好きなのかを氷河に決めさせるのは全然 意味がなくて、完璧に無駄なんだってことは、もう わかっただろ?」 って、ナターシャに訊いてキタ。 「ウン……」 いちばんを決めるのは とっても難しい。 いちばんを決めたって、何かいいことがあるわけじゃナイ。 いちばんじゃなくたって、好きは好きだし、誰かのいちばんになりたいって駄々をこねるのは、シヨウキンシヨウゴで、こぎつねこんこんダヨ。 デモ、決めてもらわなきゃ。 ナターシャは、パパのいちばんになりたいんじゃないノ。 パパにパパのいちばんを決めてもらわないと、ナターシャは困るんダヨ。 「だが、まあ、ナターシャは もうしばらく瞬を手伝って、氷河に反省させとけ。それが氷河のためだ」 星矢お兄ちゃんと紫龍おじちゃんは、そう言って楽しそうに笑っタ。 パパはまだ『うーんうーん』って唸ってル。 ナターシャはパパを困らせたくないノ。 でも、いちばんを決めてもらわないと困るノ。 『うーんうーん』って唸ってるパパは オハナシにならない。 ナターシャは頭の中がぐちゃぐちゃのめちゃくちゃになって、マーマが 病院から おうちに帰ってきた時、ほっぷすてっぷじゃんぷで マーマに飛びついて、マーマにしがみついて、 「マーマ、助けて!」 って、マーマに えすおーえすを発信シタ。 |