ジョージ3世が、国益を守るためにシュヴァリエ・デオンにつけた護衛兵。 “彼”は、王宮への伺候が許されている貴族の子弟の中から、王が特に選んで 抜擢したらしいのだが、それがなんと、軍服を身にまとった、どう見ても 十代の 途轍もない美少女だったのだ。 彼(彼女)は、その特異な美貌で、シュヴァリエ・デオンの性別の韜晦に 一役買っていた。 英国王の魂胆を思うと腹が立つが、それ以上に。 氷河の任務の障害である その美少女が、どうしようもなく、氷河の好みのタイプなのが最大の問題だった。 英国王の命で、国益のため、ブックメーカーの不正を防ぐべく、鉄壁の防御で、デオンを護衛している美少女の名は瞬といった。 ドレスを身にまとっていても、その堂々としすぎている体躯のせいで、道化の異装にしか見えないデオンと異なり、近衛兵の軍服を まとっていても華奢な少女の肢体は ごまかしきれない。 衣服で隠している その体躯以前に、仮面でもつけなければ隠すことのできない優しい その面立ちが、瞬は完全に男子のそれではなかった。 とはいえ、『男子のそれでないのなら、女性のそれなのか』と問われると、氷河は、それには“否”と答えるしかなかった。 瞬の顔立ちは、女性的なわけでもなく、かといって性分離前の子供のそれというわけでもなく、中性――むしろ無性。 瞬は、性別などという分類や概念を寄せつけない、極めて特殊な美しさと可愛らしさを たたえた“ヒト”にして“人間”だった。 渦中の人デオンはバッキンガムハウスの西の棟の2階の奥まったところにある2部屋を与えられていて、王の命令もしくは許可を得て各種行事に参加したり外出したりする時以外は、ほぼ そのフロアに軟禁状態になっていた。 どういう約束になっているのかは不明だが、デオン当人は、その不自由な生活への不満はないらしい。 すべてを英国王室に支配されているその状況を、デオンは むしろ歓迎している節さえ 感じ取れた。 それは、もしかしなくても、英国王が彼につけた護衛 兼 世話係が絶世の美少女だからなのではないか。 いや、絶対 そうであるに違いないと、氷河は思っていた――決めつけていた。 (あんな美形が看守を務める牢獄なら、俺だって、自分から進んで牢に入るし、永遠に そこから出られなくても 一向に構わないからな) 実際には デオンは、牢獄に閉じ込められているわけではなく、好きな時に 控えの間にいる瞬を呼びつけて 話し相手にしたり、ゲームの相手にしてみたり――と、優雅な日々を過ごしているらしい。 デオンは、故国からの年金が途絶えて生活費にも事欠いていた状況から脱し、かなり優雅な獄中生活を満喫しているようだった。 |