アテナの聖闘士は、超特権階級。超法規的存在。
十中八九、俺とは 反りが合わないだろうと思われる瞬の兄が既に アテナの聖闘士になっていたことが 今回は幸いして、王弟に会いたいという俺の希望は、即刻 叶えられた。
聖域から火急の用で 聖闘士がやってきたっていうんで――それも、国王ではなく王弟に会うために――エティオピア王宮内では 揣摩臆測の類が飛び交ったらしいんだが、そんなことは もちろん、俺にはどうでもいいこと、俺の知ったことじゃなかった。
瞬以外の人間が何をしようと、何を考えようと、俺には関係のないことだ。

瞬。6年振りに会う瞬。6年分、大人になった瞬。
俺より一つ年下の瞬は、16歳になっていた。
芳紀まさに16歳。
相変わらず可愛くて、可憐で、やっぱり 男には見えない。そして、女にも見えない。

聖域から火急の用でやってきた使いというので(火急の用というのは、もちろん『一刻も早く、俺が 瞬に会いたい』だ)かなり緊張して謁見の間――というより、極秘の客と内密の話をするための部屋――にやってきたらしい瞬は、瞬との再会に感激して、声も出せずにいる俺を見て、怪訝そうに首をかしげた。
そんな瞬の前に、言葉の代わりに震える手で差し出した、瞬からもらった白い絹のハンカチ。
それをじっと見詰めていた瞬は やがて、それが何なのかを思い出したようだった。
それを誰に渡したのかを、瞬は憶えていてくれたんだ。

「氷河……?」
あの若いおっさんは、俺の名前をちゃんと瞬に伝えておいてくれたらしい。
瞬の唇が、俺の名を声にする。
感激が ますます大きく激しくなって、俺は 全身を震わせて、俺の思いを瞬に告げた。
「俺は おまえに会うために、おまえに会って あの時の無思慮を謝るために、聖闘士になったんだ。遅くなって、悪かった」
「ぼ……僕に会うため……? そのために……?」
俺が聖闘士になった理由を聞いた瞬が、驚いて目を みはる。
瞬が驚いたのは、残念なことに、俺の一途や情熱に対してではなかったが。
「え……と、あの、でも、普通は、地上の平和を守るためとか、正義を実行するためとか、多くの人々の幸福のためとか……」
ああ、普通は そうらしいな。
でも、人間が皆 普通だったら、この世の中は 随分と退屈なものになると思うぞ。

瞬が、ものすごく微妙な、困ったような、はにかむような微笑を浮かべる。
瞬は、どんな顔をしても、とにかく可愛い。
あれから6年もの年月が経ってるのに、6年前より 清らかさに磨きがかかっているように感じられるのは すごいことだ。
震えがくるほど可愛い。

「世界の平和のことも、もちろん 少しは考えた。何といっても、この世界は、おまえが生きている世界なんだ。世界の平和を なおざりにすることはできない」
「少しは……って……」
瞬が『ぽかん』としか表現できない顔で、俺の顔を見上げてくる。
無防備な子供のようで、こういう 表情もいいな。
何をしても、どんなでも、瞬が好ましく感じられるのは、瞬が特別製の人間だからなんだろうか。
それとも、それは俺の目と心の仕様なのか。
俺は、瞬以外の人間を ここまで全肯定できてしまったことはないから(もちろん、肉親であるマーマは別格だ)、瞬が特別な人間であることは確かな事実だと思う。
もしかしなくても、マーマ以上に。

「それで、聖闘士になれるなんて、氷河は よほどの才能に恵まれていたんですね……」
と告げる瞬は、溜め息混じり。
誤解されるのも、買い被られるのも困るから、俺は ためらうことなく事実を正直に瞬に告げた。
俺は、瞬には、ありのままの俺を見て、ありのままの俺を好きになってほしいからな。
「才能なんて、そんなものは、俺には なかった。死に物狂いの努力をして、俺は やっと聖闘士になれたんだ。才能の問題じゃない。俺が聖闘士になれた理由を、あえて言うなら、それは俺に死に物狂いで頑張らせるくらい、おまえが可愛かったということだ」
「え? あ……あの……」
瞬が戸惑って、ものすごく ぎこちなく唇の端を上げて笑おうとして、でも 残念ながら瞬は 笑えなかったようだった。
もしかしたら瞬は、人の人生を簡単に変えられるくらい 自分が可愛いってことを、全く自覚していなかったのかもしれない。
ああ、だが、特別な人間っていうのは、往々にして、そういうもんだろう。
自分で自分を特別な人間だと思ってる奴は 大抵、ただの勘違い野郎だ。

「俺は、どうしても おまえにもう一度 会って謝りたかったんだ。そして、強くなって、おまえを守りたかった」
「僕を守る……?」
瞬が怪訝な顔をしたのは、瞬が お姫様ではなく 王子様だからだろうか。
瞬が あんまり可愛いから、つい 忘れそうになるが、もちろん 俺は それを忘れたわけじゃないぞ。
忘れたんじゃなく――俺は ただ、こんなに可愛いんだから、そんなことは どうでもいいと思ってるだけだ。
俺に慣れて(?) 緊張が解けてきたのか、瞬の微笑から少しずつ ぎこちなさが消えていく。
可愛い瞬が、可愛い微笑を浮かべる。

「ありがとうございます。でも、僕も聖闘士になりたいと思っているんです」
「そんなの、ならなくていい。おまえは、俺が守ってやる」
瞬の表情は、ものすごく複雑。
だが、もう ぎこちなさは 戻ってこない。
瞬は、可愛くて優しいだけじゃなく、順応力、受容力も優れているようだ。そして、頭もいい。
瞬は 間違いなく、俺という男に慣れ、受け入れ、適切な対応方法を模索中。
狭量な人間なら、俺みたいな無礼な人間、立腹して さっさと追い払っているだろうに。

ところが、俺の瞬は、満面の笑みとまではいかないにしても、微笑を浮かべて、
「ありがとうございます」
ときた。
その上、
「世界の存続を揺るがすような大事件が起きたのでなくて、よかった。そういうことなら、いつまででも お好きなだけ、この城に ご滞在ください」
とまで言ってくれた。
「おまえに再会できたことは、俺にとっては、世界を揺るがす大事件だがな」
瞬はもう動じない。
「大事件というのは、いつだって人と人が出会うことで始まるものですよね」
瞬の返事が、俺は 大いに気に入った。






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