「あんな無礼で図々しくて阿呆な男に 聖衣を授けるとは、聖域は大丈夫なのか。聖域からの火急の用というのが、国家や世界を揺るがす大事件でなかったのは何よりだが、何なんだ、あれは。あんな動機不純の聖闘士より、おまえの方が よほど強いだろう」 「それはどうか……そんなことはないでしょう。彼は凍気使いだそうです。兄さんや僕とは全く異なる力の持ち主です」 「戦いの相性の良し悪しというのはあるだろうが」 「アテナの聖闘士同士が戦う必要はないでしょう」 俺は別に 瞬と瞬の兄の話を 盗み聞くつもりはなかったんだ。 少しでも瞬の側にいたかったから、瞬との対面が終わってからも、すぐに部屋の外に出ず、その場にとどまっていただけで。 衝立ての向こうに立つ俺に気付かず、勝手に ここにやってきて、勝手に あれこれ言い出したのは瞬の兄の方だ。 無礼で図々しくて阿呆な男で悪かったな。 やはり、瞬の兄とは 反りが合いそうにない。 邪魔だ。 その邪魔者が瞬の実兄で、しかもアテナの聖闘士というのは厄介だ。 どうやって排除するのが 手っ取り早くて 確実か――と、俺が考え始めた時。 「もう6年も前のことなのに……。僕、氷河に再会できて、とても嬉しいんです。氷河が元気で生きていてくれてよかった」 瞬の その優しい声、優しい言葉が、マーマを失ってから今日までの――俺の6年間の寂寥と辛苦を消し去ってくれた。 瞬に 今こうして再会するまで、俺の瞬への好意、瞬との再会を願う気持ちは、もしかしたら、ただの方便にすぎなかったのかもしれない。 生きていくのに、俺は、“大切な人”が必要な男だから。 マーマがいる時は、それはマーマだった。 マーマのために、俺は生きていた。 だが、マーマが死んで、俺には、俺が生きていくために マーマに代わる存在が必要になり、そうして 俺は 瞬に白羽の矢を立てた。 俺が生きていくには、どうしても“愛する人”が必要だったから。 俺は、正義や平和や権力や富や名誉のためには生きられない。 そんなもののために、自分の時間と力を費やそうとは思わない。 人間の生きる目的たり得るのは、人だけだ。 愛する人、愛することのできる人。人だけだ。 それがないと、俺は、そもそも 生きていようって気になれない。 その“生きる目的たる人”の居場所に、それまで 俺は、仮に瞬を据えておいたにすぎなかったのかもしれない。 だが、実際に 瞬と再会して、瞬が、俺が思い描いていたよりずっと、俺が望んでいたより ずっと、綺麗で可愛くて、人となりも上等で上質な人間だってことを知って――俺は、いっそ見事に恋に落ちた。 思い立ったが吉日。善は急げ。今日できることを、明日に延ばすな。 瞬への恋を自覚した俺は、早速、瞬を 俺のものにするための活動を 本腰を入れて開始した。 |