瞬を 俺のものにするための活動を開始したのは よかったんだが。 触れなば 落ちん風情をしているのに、瞬のガードの堅いこと堅いこと。 それこそ“冷たい”と言っていいほど、瞬は頑なだった。 恋を知らぬ処女も かくやとばかりに 貞操堅固で清らかなのはいいんだが(それは、俺の前に恋人がいなかったということの証左でもあるからな)、俺が友人や仲間の垣根を ちょっと超えようとして 一歩を踏み出した途端、ぴしゃりと眼前で扉を閉じられる。 毎回、そんな感じだ。 瞬には何か秘密があるんじゃないかと、俺が思うようになったのは、俺を ぴしゃりと拒む瞬の瞳が、日を追うにつれ、潤むようになってきたから――だった。 うぬぼれだろうか。 最初のうちは、なりふり構わぬ俺の求愛に応えられないことを心苦しく思っているようだった瞬が、時が経つにつれ、本当に心に痛みを感じ、苦しんでいるように見えてきたんだ。 愛せない罪悪感ではなく、愛するがゆえの苦しみに苛まれているように。 いや、まあ、俺のうぬぼれなのかもしれないが。 俺は、俺が愛せれば それでいい人間だ。 俺が愛する人に、俺が愛するのと同じ愛を返してもらえたら、それに越したことはないが、俺自身は愛し返されなくても平気だ。 俺は、俺が生きていくために、俺が愛したい人を愛するだけだから。 俺にとって“愛する人”というのは、一種の神みたいなものだ。 その人がいてくれさえすれば、俺は生きていられる。 その人が生きて存在していることが、俺の心と命を支え、俺は、その人の幸福を望む。 ただ それだけ。 『こんなに愛し、信じているのに、俺を愛してくれないなんて』と、神に文句を言う奴はいないだろう。 瞬が俺を愛してくれなくても、俺も文句は言わない。 もちろん、片思いより両想いの方がいいに決まっているから、愛してもらえるように努力はするが。 そのために、必死に努力はするんだが。 だから、俺の『今日も綺麗だ。愛してる』に困ったように『ありがとうございます』を返されているうちは、俺的には 何の問題もなかったんだ。 だが、そのうちに、瞬の瞳は、俺に『愛してる』と言われるたびに、雨雲の暗く重い色を帯びるようになってきた。 原因は不明。 瞬の周囲でも、エティオピア国内でも、地上世界でも、瞬の心を傷付け苦しめるような事件や事故や出来事は何も起きていなかったのに。 瞬の瞳が曇るようになってから、俺の『今日も綺麗だ。愛してる』は、『何か悲しいことがあったのか? 話してくれ。おまえを悲しませるようなものは、それが何であれ、俺が消し去ってやる。おまえの幸福が 俺の望みだ』に変わり、だが 瞬は無言で、潤んだ瞳で 俺を見詰め返すばかり。 悲しいことがあったのではなく、悩み事や心配事もないのなら、これまで通り、俺の言葉なんぞ『ありがとうございます』で笑って聞き流していればいいのに。 瞬の周囲では何も変わっていないのに、瞬は変わった。 瞬が俺を愛してくれるようになったのではないにしても、とにかく、瞬が変わったのは事実だ。 悲しく、何かに苦しんでいるように。 |