ラブレター、ファンレター、礼状、詫び状、招待状、案内状に離縁状、暑中見舞いに寒中見舞い。 一口に手紙と言っても、その種類や用途は様々であり、時には、何のために書かれたのか、その目的すらはっきりしないものもある。 だが、その日、星矢の許に届けられた手紙は、極めて 目的がはっきりした手紙だった。 簡潔で明瞭な内容。 わかりやすくて、誤解のしようもない。 だから、その手紙を読んだ星矢が、読み終えるなり、 「何だよ、これえっ!」 という疑問文――悲鳴のような雄叫びのような、奇妙奇天烈、素っ頓狂な声を響かせたのは、彼が手紙の内容を理解できなかったからではない。 理解できたからこそ、星矢は叫んだのだ。 『これは、何なのだ?』と。 簡潔で明瞭。 その日、星矢が受け取ったのは、 『せいや、死ね』 と書かれた、極めて わかりやすい、立派な脅迫状だった。 ちなみに、文章や言葉で『殺す』という言葉を他者に対して用いる行為は脅迫だが、『死ね』という言葉は 危害を加える意思表示ではなく、具体的な脅威を伴わない命令にすぎないので、その言葉を他者に用いる行為は 脅迫の罪に問われない――という情報が、まことしやかに巷間に流布しているが、それは間違いである。 『死ね』という言葉も、もちろん脅迫罪に問われるし、問うことができる。 『殺す』でないからセーフということはない。 ゆえに、その日 星矢の許に届けられた その手紙は、紛う方なき脅迫状。注意書きも但し書きも取扱説明書も必要としないほど、見事な脅迫状だった。 ところで。 城戸邸に起居するアテナの聖闘士たちの許に手紙が届くことは、極めて 稀である。 城戸邸に届く郵便物や宅配便の類には、それが誰宛てのものであれ、まず赤外線センサーによるチェックが施され、危険物は 速やかに排除される。 更に、ダイレクトメールの類は、ほとんどが 封を切られることなく処分される。 何らかの対応が必要な、例えば地方自治体からの各種手続きを求める文書等は、未成年であるアテナの聖闘士たちの未成年後見人たちが対応するので、アテナの聖闘士たちの手許にまでは まわってこない。 そういうわけで、城戸邸に起居するアテナの聖闘士たちの許に届く手紙は、個人的な知り合いからの私信のみ。 彼等に個人的な知り合いがいないわけではないのだが、手紙で用件を伝えるような、のんびりした気質の知り合いはいない。 彼等自身に 文通の趣味もない。 必然的に、彼等が手紙を受け取ることは 非常に稀だった(出すことも、ごく稀だったが)。 実際、この脅迫状の前に星矢が受け取った手紙は、今年の正月に 星の子学園の子供たちから送られてきた年賀状が1枚。 9月の最初の日、星矢が受け取った その手紙は、であるからして、星矢が受け取った ちょうど 8か月振りの郵便物だった。 赤外線センサーチェックをパスして、城戸邸ラウンジまで運ばれてきた、その手紙。 それは確かに、文章以外には 全く害のない手紙だった。 昨今は あまり見なくなった茶封筒。サイズは長4。 住所は書かれておらず、城戸邸専用の、大口事業所個別郵便番号が書かれているだけ。 宛名は『せいや殿』 切手ではなく、〇〇中央郵便局のスタンプが押されていた。 リターンアドレス 及び 差出人の名はない。 城戸邸への手紙は、住所を書かなくても、郵便番号と宛名が書かれていれば届くことは、星の子学園の子供たちも知っている事実である。 大口事業所個別郵便番号は 一般に公開されている情報で、調べようと思えば誰にでも調べられるものなので、そこから差出人を探り当てることはできないだろう。 ラウンジに響き渡った星矢の素頓狂な声を聞いて、彼の仲間たちが星矢の手にある手紙を覗き込む。 白いコピー用紙の中央に、大きなサイズの角ゴシック体で、『せいや、死ね』。 要求内容はわかるが、理由がわからないのでは、話にならない。 星矢の仲間たちは、一様に眉をひそめた。 |