「僕が死んだ人と交信できるっていう噂、相当 広まっているんだと思うんだ。見ず知らずの人が 遺言書を探してほしいなんて、依頼してくるところを見ると。死んだ人と交信できるなんて、そんなこと 信じる人がいるのも驚きなんだけど」

いよいよ冬が訪れようとしている日曜の朝。
ベランダから室内にまで射し込む陽射しは、これこそ小春日和の陽射しというような、優しく やわらかで暖かなもの。
冬になる前に、少しでも多くの陽光を体内に貯め込んでおこうという氷河の意見を容れて、今日の午後は公園に 日向ぼっこに行くことになっていた。

ダイニングテーブルで 最近のお気に入りである フレンチスタイルのミルクセーキを飲んでいたナターシャが、ふいに考え深げな目をして、
「マーマ。マーマは、パパのマーマとも お話できるノ?」
と尋ねてきたのは、マーマの愚痴というものが珍しかったから――だったのかもしれない。
ナターシャの家での会話は、“ナターシャの疑問に、マーマが答える”と“パパの不平不満を、マーマがなだめる”が二大潮流。
マーマが困ったり悩んだりしていることは、滅多にない事態だったのだ。

「えっ」
「マーマは、パパのマーマと お話できる?」
それは、ナターシャには、全く他意のない素朴な疑問だったろう。
だが、瞬は真っ青になった。
亡くなった人間と交信できる冥府の王の力。
力の存在を知られてはならない他人のためには その力を使うのに、力の存在を知っている人のためには その力を使うことも考えなかった自分の魯鈍――むしろ無情――に、瞬は戦慄してしまったのである。
その力を実際に使うかどうかではない。
親しい人のために その力を使うことを考えもしなかった自分を、瞬は“普通ではない”と感じたのだ。

「ご……ごめんなさい、氷河」
「何を謝る」
瞬が何を謝っているのかを、もちろん 氷河は承知している。
承知の上で、氷河は瞬に問うてくる。
言外に『それは謝るようなことではない』と、氷河は瞬に言っていた。
「伝え損ねたことも、トラブルもない。ロザリオはちゃんと俺の手許にあるし、ロシアでは 料理にザラメは使わない。そもそも店で売っていない」
「そういうことじゃなくて……」
そして 瞬も、氷河が声に出さない言葉を正しく聞き取っている。
「マーマは俺を愛し、俺はマーマを愛し、マーマの望みは俺の幸福で、俺はマーマの望みを実現した。おまえとナターシャがいてくれた おかげだ」
「氷河……」

人の人に対する優しさや思い遣りは 言葉にしないところに潜んでいることが多い。
そして、その優しさや思い遣りに気付ける人間ほど幸福になれるもの。
気付ける自分でよかったと、瞬は 安堵混じりに思ったのだった。






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