「女の子は~ 両両思い目指して いっしょけんめい 頑張るのが 男前~ 男前~!」 お立ち台の上で 元気な声で歌いながら、ナターシャは、くるくる回って 乙女なポーズを決めた。 このために、今日は 大きく広がるフレアスカートを穿いてきたのだ。 ふわりと広がったスカートは、ナターシャの長い髪と一緒に なだらかな放物線を描いて、ナターシャのステージを華麗かつ可憐に演出してくれていた。 ナターシャは、歌も大好き。ダンスも大好き。 だが、ナターシャがいちばん好きなのは、何といっても、パパが ナターシャの歌を聞いて嬉しそうにしているのを見ること。 氷河は お立ち台でのナターシャのパフォーマンスを、スマホで動画に収めていた。 彼は、その動画の中から、ナターシャが最もチャーミングな一瞬を選び出し、 明日のスマホの待ち受け画面に設定する。 パパが選ぶ一瞬を確認することで、ナターシャはパパの好みを把握し、“パパの可愛いナターシャ”になるために、より一層の努力を重ねるのである。 最近、光が丘公園のちびっこ広場にやってくる子供たちの間では、お立ち台の上での歌唱パフォーマンスが 流行っていた。 元はといえば、古い お立ち台。 フリーマーケットや大道芸フェスティバル、交通安全フェスタ等、公園内でイベントが催されることの多いケヤキ広場にあった お立ち台――置いてある場所が学校の校庭なら 朝礼台と呼ばれる、進行役や来賓が上がって指示を出したり挨拶をしたりする、あの お立ち台だった。 それを新しいものに買い替えたので、これまでケヤキ広場で使っていた古いお立ち台が ちびっこ広場の片隅に移設されたのである。 幅200センチ、奥行き150センチ、高さ80センチ。 台に上がるための3段の階段があるだけの、何の変哲もない 古ぼけた お立ち台である。 おそらく、台に上がって 飛び下りる遊びには使えるだろうと考えての移設、処分するにも費用がかかると考えての移設だったろう。 何の変哲もない そのお立ち台が、まさか ちびっこ広場に集う ちびっこたちの いちばん人気の遊具になろうとは、お立ち台を ちびっこ広場に移動させた( = 厄介払いした)公園の管理担当者も 予想だにしていなかったに違いない。 お立ち台の上で一曲歌って、ジャンプ。そして、地面に着地。 ただ それだけの――言ってみれば、ジャンプ付きの簡易独唱会が 光が丘公園の ちびっこ広場に集う子供たちの間で大ブームになってしまったのだ。 数百万円するエンドレスターザンロープや 大型アスレチックネットといった遊具を差し置いて、不用品として引き取ってもらうにも代金を払わなければならないような 古ぼけたお立ち台が、今、ちびっこ広場でいちばん人気のある遊具だった。 ナターシャが、“男前おとめ”の歌を歌っている今も、お立ち台の後ろには、いつも特撮ヒーロー番組の主題歌を歌う男の子を先頭に、8人の子供たちが 自分の番がまわってくるのを待って並んでいる。 ちなみに、このブームは、子供たちの保護者たちにも すこぶる評判がよかった。 そもそも子供の声というものは、周波数が高いせいで、歌声も歓声も 非常によく通る――広範囲に響き渡る。 園児の声がうるさい――という理由で周辺住人に反対され、保育園の開園計画が潰えた例は枚挙にいとまがない。 つまり、子供の声は、聞く人によっては騒音なのである。 しかし、子供は、大きな声を出したいのだ。 大きな声で歌を歌いたいし、笑いたいし、怒りたいし、泣きたい。 大人たちに強く禁止されても――禁止されればされるほど、大きな声で歌を歌い、爆笑し、怒鳴り、号泣する。 そういう時、自宅だと近所迷惑になるので、多くの母親たちは 子供たちを カラオケボックスに連れていくことになるのだが、カラオケボックスは、利用に料金がかかる上、飲食物も頼まないわけにはいかないので、飲食物代もかかる。 そして、カラオケボックスで提供される飲食物は、 栄養が偏っているのが お約束。つまり、不健康。 閉じられた空間での遊戯は、子供同士の交流のみならず、大人同士の交流の幅も狭める。 身体を思い切り動かすことができない子供たちは、心身の解放感も味わえない。 等々、カラオケボックスは不都合だらけなのだ。 その点、公園のお立ち台は 利用料を取られない。 子供たちは、並んで自分の番を待つという社会のルールを 身をもって学ぶことになり、閉じられた空間での遊戯ではなく、公の場での発表会なので、親たちの交流のきっかけにもなる。 そういうわけで、古ぼけた お立ち台の登場は、ちびっこ広場に集う子供たちのみならず、その保護者たちにも 大いに歓迎されたのである。 並んでいる子供たちの保護者たちは、お立ち台ステージの前で、ナターシャの熱唱パフォーマンスを見物しながら、我が子の登壇を待っていた。 ママたちは、ママ友間の交流にも余念がない。 「女の子はやっぱり いいわねー。可愛いわあ」 「うちの子も、あの男前の歌をよく歌ってますよ」 「最近の女の子って、マセてますよね。ちゃんと 意味がわかって歌ってるのかしらって、焦ることがあるワ。その点、男の子は、特撮ヒーローだの ロボットアニメの歌だの、いつまでも幼稚で」 「うちの子は、ビー玉ビースケの歌ばっかり」 「うちは、兄弟揃って 朝から晩まで『ぼおろん、ぼおろん、きのこじゃ、きのこじゃ』をエンドレスよ。うるさくて うるさくて、私はノイローゼ寸前。このお立ち台が来てくれて大助かりよ。ウチの腕白共、ここで大声を出せるから、家では静かになってくれてぇー」 ちゃんとしたタイトルはあるらしいが、ナターシャ自身は“男前おとめの歌”と呼んでいる歌を3番まで歌い終わり、彼女は最後のポーズを決めた。 見物していたお母さんたちが拍手をし、ナターシャは笑顔で、お立ち台の上から パパの腕の中にダイブする。 一曲 歌い終わると すぐにまた お立ち台の待ち行列の最後尾に駆けていくこともあるのだが、今日は ナターシャは 抱き止めてもらった氷河の腕から下りようとしなかった。 おそらく、今の一曲が 満足できるパフォーマンスだったのだろう。 ナターシャが氷河に向けている笑顔は、こどもの歌コンクール グランプリ大会での優勝者も かくやとばかりに輝いていた。 |