事態が大きく動いたのは、それから3時間後。 ゲイツバーグとの交渉決裂から1時間後には、ジョン・スミス氏 改め マイケル・ジャクソン氏の家族の保護が確認され、そちらの問題は解決していた。 ゲイツバーグ自身が、自分の手で ナターシャの頭を小突くために 自ら動くはずだという(当てになるのか ならないのか わからない)氷河の推察を容れて、ゲイツバーグの動向を掴もうとしていた瞬たちの許に、『ジェフ・ゲイツバーグが操縦するプライベートジェットがペンシルバニア州に墜落。世界屈指の大富豪の生存は絶望的』というニュースが飛び込んできた。 同乗者は、超高性能AIを搭載した人間型ロボットが1台。 計器飛行であったにもかかわらず、どこの空港にも飛行計画が提出されておらず、人間の同乗者もなかったことから、自殺という可能性もなくはないが、以前から すべてを金で解決しようとする傲慢さのために、彼には敵も多かったので、事件・事故の両面から捜査を開始することになるだろうというニュースが、続いて入ってきた。 ジョン・スミス氏 改め マイケル・ジャクソン氏を伴い、場所をゲイツバーグのホテルから城戸邸に移動していた瞬たちは、グラード財団と聖域を繋ぐネットワーク経由で、最も正確で最も詳細な ジェフ・ゲイツバーグ操縦のプライベートジェット墜落のニュースを、おそらく日本で最も早く入手した。 そして、ジェフ・ゲイツバーグが操縦するプライベートジェット墜落が、事件ではなく事故か自殺であるならば、そのきっかけ もしくは原因を作ったのは自分たちだと思うことになったのである。 少なくとも、ジェフ・ゲイツバーグが 突然 思い立ったように プライベートジェットに乗り込み、飛び立ったのは、水瓶座の黄金聖闘士と乙女座の黄金聖闘士の挑発のせいだと、瞬たちは思わない わけにはいかなかったのだ。 実際、そうだったらしい。 ただし、ジェフ・ゲイツバーグ操縦のプライベートジェット墜落の直接の原因は、別にあった。 別にあったことを、瞬たちは、ゲイツバーグのプライベートジェットを墜落させた当人の口から、直接 聞くことになったのである。 ジェフ・ゲイツバーグのプライベートジェットを墜落させた張本人は、ゲイツバーグのプライベートジェットが墜落したと推測される時刻の2時間後、墜落の第一報が日本に届いたのと ほぼ同時刻に、ナターシャを連れて城戸邸にやってきた。 一見したところ20代。 だが、20代そこそこにも 30代に入っているようにも見える、瞬以上に年齢不詳の女性が、ヘリコプターで 城戸邸の裏庭にあるヘリポートに無断で着陸してきたのだ。 「パパ! マーマ! パパーッ !! 」 知らせを聞いて駆けつけた氷河の腕の中に、ナターシャが飛び込んでくる。 「ナターシャ!」 ナターシャさえ無事なら―― ナターシャの無事を確認できた その瞬間に、氷河は、ゲイツバーグの生も死も、その原因も責任も、すべてが どうでもよくなったようだった。 ジェフ・ゲイツバーグの死がアクエリアスの氷河の挑発のせいだったとしても、それは ナターシャを誘拐した男の自業自得。 罪の意識は毫も覚えない。 その代わり、ナターシャが無事だったので、ゲイツバーグを責める気もない。 ナターシャを その手の中に取り戻した瞬間、氷河の中で、ジェフ・ゲイツバーグは、正しく“どうでもいい人間”になってしまったのである。 ナターシャを、彼女のパパとマーマの許に連れてきてくれたのは、ジェフ・ゲイツバーグのプライベート・パートナー(と、彼女は言った)であるアンドロイドだった。 名前はイヴ。 イヴの外見は、呆れるほど無個性だった。 人間が持ち得る すべての個性を一人の人間の中に盛り込んだら こんなふうになるのではないかと思えるほど、彼女の容姿は無個性だった。 人種すら、特定できない。 美しいとも醜いとも評し難い。 体格も、肌や髪や瞳の色すらも、平均的で標準的で普通。 すべてを兼ね備えて無個性なイヴ。 自分は、世界に6体いるイヴの中の1体だと、彼女は瞬たちに自己紹介(?)をした。 6体のイヴは、完全に情報の同期がとれており、物理的に存在する場所が異なるだけで、ただ一つの人格である――と、彼女は言った。 6体の内、2体は、日本の領海内にある孤島の別荘で、ナターシャの見張りと世話をしていた。 別の2体は、アリューシャン列島内にある孤島の別荘で、スミス氏 改めジャクソン氏の妻子の見張りと世話をしていた。 1体は、ジェフ・ゲイツバーグと共に 彼のプライベートジェットに乗り込み、ゲイツバーグと共に燃え尽きた。 ゲイツバーグの自宅に残っていた1体は、彼が乗ったプライベートジェット離陸後かつ墜落前に、彼の死によって起こる混乱を最小限に抑えるための事務処理を行ない、作業完了。その後、自身を含めたイヴたちの死のためのプログラムを用意し、今は自らの死の時を待っている。 ――と、彼女(たち)は言った。 紫龍によって保護されたジャクソン氏の家族がいた別荘の2体は、既に機能停止済み。 ナターシャが軟禁されていた別荘にいた もう1体は、別荘の後始末を終えたら、機能停止する予定。 ゲイツバーグの自宅にいた1体は、マイケル・ジャクソン氏への謝礼を彼の銀行口座に振り込み、公になれば問題になるゲイツバーグのプライバシーデータ(たとえば ナターシャ誘拐計画に関するデータ等)の完全廃棄後、機能停止予定。 「私も、私たちのしたことを あなた方に報告したあと、ジェフのあとを追うことになっています」 と、彼女は言った。 私(イヴ)たちのしたこと。 つまり、ジェフ・ゲイツバーグの乗ったプライベートジェットを墜落させたのは、彼のプライベート・パートナーであるイヴたちだったのだ。 ジェフ・ゲイツバーグの死は、事故でも自殺でもない、彼の幸福を願うアンドロイドが計画した無理心中だったのである。 |