「ぼやーっと生きてんじゃねーよ!」 魔鈴の叱責には、並の人間には持ち得ない威圧感と、対峙する人間に否やを言わせない圧倒的な迫力があった。 「きゃーっ !! 」 魔鈴に頭ごなしに怒鳴りつけられたナターシャは大喜び。 プレゼントでいっぱいの袋を担いだサンタクロースが100人やってきても、これほど浮かれることはないだろうと思えるくらい元気で明るく大きな歓声を響かせて、彼女は 城戸邸の広い客間を駆け回り始めた。 ナターシャは、 お面と仮面の違いが わからなくて、仮面で顔を隠した女聖闘士イーグルの魔鈴に、その不勉強を厳しく叱責されたのである。 「怒られて、怒鳴られたってのに、ナターシャは何を喜んでるんだよ」 魔鈴の『ぼやーっと生きてんじゃねーよ!』を 今日 初めて聞いた星矢は、ナターシャの狂喜の訳がわからず、呆気にとられて 口をあんぐり状態。 客間の中央にあるローテーブルの脇に仁王立ちに立つ魔鈴の周囲を、ナターシャは、ソファやティー・テーブルを器用に避けながら 全速力で逃げ惑っている(らしい)。 だが、その足取りは、ほとんどスキップのように力いっぱい弾んでいる(ようにしか見えない)。 ナターシャは、この状況が楽しくて楽しくて たまらない様子だった。 星矢には、これが初耳の『ぼやーっと生きてんじゃねーよ!』。 それは、最近 巷で流行りのバラエティ番組の登場人物の決め台詞だった。 番組のタイトルは、『ピコちゃんに怒られる』。 5歳の女の子ピコちゃんが、素朴な(素朴すぎて難しい)疑問を 大人たちに投げかける形式のクイズ番組である。 回答者である大人たちが答えに詰まると、ピコちゃんが突如 巨大化し、『ぼやーっと生きてんじゃねえよ !! 』と、答えられない大人たちを怒鳴りつけるのである。 5歳の女の子に叱られた大人たちは恐縮して、ピコちゃんに答えを教えてもらい、「こんな難しいことを知っているなんて、ピコちゃんは本当にエライね!」と落ちがついて終わるのが お約束の展開だった。 そのピコちゃんに、ナターシャは すっかり はまってしまったのだ。 もとい、ナターシャが はまったのは、ピコちゃんではなく、『ぼやーっと生きてんじゃねーよ!』という、ピコちゃんのセリフの方だったかもしれない。 ナターシャの生活圏内では まず聞くことのない そのセリフが、ナターシャには 斬新で新鮮で刺激的だったのだろう。 日本国内の多くの子供たちの心を捉えたのか、『ぼやーっと生きてんじゃねーよ!』は、某民間企業主催の今年の流行語大賞トップ10にも選ばれていた。 |