ナターシャを 好き嫌いなく 何でも食べる子供にした瞬の手腕に感心しているのは、紫龍だけではなかった。 瞬たちを ここに招いた この家の女主人も、紫龍とは違う感心の仕方ではあったが、やはり瞬の手腕に感心していたのである。 沙織は 瞬たちのように食べ物そのものに不自由したことはなかったが、食育を考えてくれる両親が側にいなかったという点では、沙織も瞬たちと同じようなものだったのだ。 栄養が考慮され、味も超一流レストランや超一流料亭並みの食事を 毎日毎食 供されても、人は健全な食事ができるわけではない。 「星矢たちの食事は、いつも賑やかだったわね。私は、時々 お祖父様がご一緒してくださることはあったけど、大抵は一人きりで、しーんとしたところで食べていたから、ものを食べることが あまり好きではなくて……。星矢の食べ物への執着が、当時は まるで理解できなかったわ」 「沙織さん……」 それで今日の食卓なのだろうか。 洋食だけでなく和食でも、沙織の作法は完璧だったが、正直、沙織に城戸邸に招待された時、瞬たちは、まさか自分たちが シャケの切り身を食べる沙織を見ることになろうとは思ってもいなかった。 沙織が こうして自分たちと同じテーブルで食事をとること自体、瞬には かなり意外なことだったのだ。 成人した今でも沙織は、食にあまり関心がなく、パーティーのメニューの考案や決定は 自分では全く行なわず、意見も口にしないらしい。 単に 専門家に任せている方が合理的で 間違いがないと考えてのことだと思っていたのだが(それもあるのだろうが)、それだけではなかったのかもしれない。 瞬の中で今、十数年間 謎とも思っていなかった事実が一つの謎として出現し、解けた。 命を捧げ、絶対の忠誠を誓っている女神といっても、謎や誤解や誤認、そして、知らぬことは あるものである。 瞬が今日 初めて知ったことは、当然のことながら、ナターシャにとっても初耳のことである。 ナターシャにとって 初耳のその情報は、彼女には驚くべきことで、そして、彼女なら 耐えられないことでもあった。 「沙織サンは、いつも一人でご飯食べてたノ? 大きなテーブルで? ナターシャ、そんなの寂しくて泣いちゃうヨ。ショクヨクなくなるヨ」 「そうね。だから、ナターシャちゃんたちとの食事は、とても楽しいわ。いつもより ずっと美味しい」 「ダッタラ、よかったヨ!」 泣きそうな顔をしていたナターシャが、沙織の返事を聞いて、安心したように笑う。 ナターシャがいてくれたよかったと、瞬は思ったのである。 大人だけでは、この場を『ダッタラ、よかったヨ!』で収めることはできなかったろう。 それにしても、何不自由なく育った富豪令嬢には 何不自由なく育った富豪令嬢なりの、弱肉強食のサバンナ育ちの野生児には弱肉強食のサバンナ育ちの野生児なりの 苦労があるものである。 生まれた環境、育った環境にかかわらず、生まれた環境、育った環境が どれほど違っていても、人は誰もが皆、それぞれの場所で それぞれの苦しみや悲しみに出会い、それらを乗り越えて生きているのだという事実――知っており理解もしていたつもりでいた事実を、瞬は今、改めて実感することになったのだった。 |