当初の予定通り、ナターシャは 城戸邸アドベンチャーワールドを星矢と共に堪能しまくり、星矢はランチと おやつを堪能しまくった。
ギャラクシアン・ウォーズの記録ビデオを 最も堪能(?)したのは 紫龍だったろう。
帰りは、自分たちで適当に帰ると言ったのに、沙織が それぞれに車を出してくれた。

「ごめんなさいね。ナターシャちゃんの前で変な話をしてしまって」
別れ際、皆の見送りに立った沙織が、瞬に小声で詫びてきた。
沙織が一人で食事をとっていたこと、その話をナターシャの前でしてしまったことを、沙織は気に病んでいるらしい。
何不自由ない環境で育ち、現在も社会的にも経済的にも人に羨まれる立場にあり――そういう意味ではグラード財団総帥も某ネット通販企業のCEO夫人も同じようなものだというのに、人間の価値観、思考、感じ方は 本当に人それぞれである。
気遣わしげな様子の沙織に、瞬は 微かに首を横に振り、そして、首肯した。

「いいえ。ナターシャちゃんは、沙織さんのお話を聞けてよかったと思います。みんな、誰だって、どんな人だって、悲しいことや寂しいこと、つらいことを経験して、乗り越えて、その上で思い遣りをもって生きているのだということを、ナターシャちゃんは知ることができた。本当のことを言うと、あと20年早く、僕たちも知りたかった。沙織さんと一緒に食事ができていたら、星矢も もう少し食事のマナーが身に付いていたでしょうに」
「まあ」
沙織が ほのかに微笑する。

誰にでも、知らずにいたことはあるものである。
それが、知りたいことか、知らずにいたいことであるかの別は さておいて。
「僕たちは、ナターシャちゃんには、僕たちの許に来る以前のことは忘れてほしい、忘れさせようと思っていたんですが、もしかしたら、つらい思い出は、忘れようとするより乗り越えた方がいいのかもしれませんね。どんな思い出も、完全に忘れ去ることは不可能で、だから、それは いつまでも心に棘として残り、わだかまり続けますけど、乗り越えることができれば、それは 笑って語ることのできる優しい思い出になる」

「そうね。ナターシャちゃんは お利口だし、強い子。何より、あなた方に守られているわ」
沙織の視線の先で、ナターシャは、お土産に分けてもらった大納言小豆が数キロ入った包みを 自分が持つと言い張って、氷河を はらはらさせていた。
もはや 氷河に、地上世界最強の12人の黄金聖闘士の一翼の威厳はない。
「ともあれ、今年もよろしくお願いします」
沙織と一緒に、氷河の幸せな情けなさを笑ってから、瞬はナターシャを呼んだ。

「ナターシャちゃん。小豆は 氷河が美味しい餡子にしてくれるから、氷河に預けて、ナターシャちゃんは こっちに来て、沙織さんに ご挨拶して。おいとまする時の ご挨拶の仕方は教えたでしょう? ちゃんとできるかな?」
「えっ」
“ご挨拶”という単語を聞いたナターシャの目の色が変わる。
“ご挨拶”が どれほど大事なものなのかを、ナターシャは、マーマに教えられて よく知っているのだ。
そして、ナターシャは もちろん、おいとまする時のご挨拶も ちゃんとできるのである。
ナターシャは、小豆の包みをパパに預けて、沙織の許に飛んできた。
そして、スカートの上に両手を揃えて、ぺこりと 頭を下げる。

「沙織サン。ご馳走さまでした。今年も よろしくお願いしますダヨ! ナターシャ、今年は沙織サンちに いっぱい遊びに来るヨ! 沙織サンと一緒に ご飯を食べるヨ!」
「まあ……! まあ、嬉しいこと!」
礼儀正しいだけでなく、優しい気持ちのこもったナターシャのご挨拶は、沙織を喜ばせたらしい。
『心を込めた ご挨拶は、人を笑顔にするんだよ』
マーマに教えられた通りだったので、ナターシャも沙織と同じように――もしかしたら沙織以上に――とても嬉しい気持ちになったのだった。






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