マーマのすることに、間違いはない






電話番号もメッセージIDもメールアドレスも登録してある。
だが、それらが使われることは滅多にない。
より正確に言うなら、瞬のスマホに対して、それらの番号やIDから連絡が入ったことは、これまでに2度しかなかった。
1度は家探しの相談で、2度目は職探しの相談で。
もともと自分から積極的に人と接触を持とうとするタイプの男ではない。
彼が 住所不定の無職でなくなってからは初めて、そして久し振りのコンタクトだったので、いったい彼の身に何が起きたのかと、瞬は案じることになったのである。

瞬に『SOS(助けてくれ)』のメッセージを投げてきたのは、山羊座の黄金聖闘士シュラだった。
喫緊かつ 地上世界の存亡にかかわる窮地に追い込まれているのなら、彼は、携帯電話ではなく 小宇宙で、それを瞬に知らせてくるだろう。
急ぐことでも 重要なことでもないなら、その連絡は、彼の直属の上司にして、瞬の同居人である氷河経由でのものになる。
これまでは、そうだった。
最近では、特に急ぐ必要のない日常生活での困り事は、氷河に相談するまでもなく 蘭子が面倒を見てくれているので、その回数自体が減っていた。
そんなシュラから、『仕事が終わり次第、急いで電話をくれ』という、微妙な緊急度のメッセージ。
「シュラさん。どうかなさったんですか?」
訝り 戸惑いながら、瞬は彼に電話を入れた。

シュラは 氷河の店にバイトに入っている時刻である。
氷河も既に店に出ているだろう。
瞬も、今日は日勤。
平素であれば、1時間前に帰宅して、出勤する氷河からナターシャを受け取っている時刻なのだが、今日は これから病院を出る。
瞬が この時刻になっても まだ病院にいるのは、都内で大きな爆発事故があり、その怪我人が幾人か光が丘病院にまわされてきたためだったが、その事故がなくても、瞬は今日は帰宅を急がなくてもいいことになっていた。
今日は、カミュおじいちゃんがナターシャの面倒を見てくれていたのだ。

子育ては、一人より二人、二人より三人で行なう方が余裕をもって行える。
その三人の中に一人、時間に縛られることのない無職の人間がいてくれたなら 最強にして万全――と、今朝 家を出る時に、瞬はしみじみ思った。
それほど 瞬は、カミュおじいちゃんの登場に感謝していたのである。
だというのに。
だというのに、シュラにSОSを発信させる事態を招いたのは、他でもないカミュ その人だったのだ。

「ああ、瞬。すまんが、なるべく急いで 押上の店の方に来てくれ」
極めて言葉の少ないシュラの説明によると、光が丘で“ナターシャちゃんのおじいちゃん”をしているはずのカミュが、どういうわけか 今、氷河の店で、商売に支障が出るほど店内を暗くしているらしい。
ナターシャはどうしているのかと問うと、蘭子に頼んで、店の外に連れ出してもらった――という。

「蘭子さんに?」
氷河のこと、シュラのこと。これまでも色々な場面で 蘭子には迷惑をかけ、無理を聞いてもらってきた。
そして、そのたび 蘭子は、氷河の融通の利かなさも シュラの欠勤の多さも、『イケメン無罪』で許してくれていた。
その法律は、はたして カミュにも適用されるだろうか。
カミュは彼女のタイプだろうか。
そんなことを 本気で心配している自分(地上の平和を守るために戦う、乙女座の黄金聖闘士)に、瞬は 嘆息せずにはいられなかった。






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