「カミュの落ち込みの原因が『ナターシャに嫌われた』なら、『そんなことはない』と言って慰めてやることもできるんだが、カミュは、『ナターシャに軽蔑された』と言って落ち込んでいるんだ。どう言って立ち直らせてやればいいのか、俺や氷河には、皆目 見当がつかない。完全に お手上げだ」
この店のバイト(カミュの同輩)にも マスター(弟子)にも、対処不可能。
夏場ならともかく真冬に 店内を冷やされるのは迷惑以外の何物でもないのだが、カミュの落ち込みが激しすぎて、店の外に放り出すこともできない。
かといって、カウンターで酔って泣かれても困るので、奥のテーブル席に移動させたのだが――今度は そこで負のオーラを発しまくり、カミュは、自分の凍気で自分を凍りつかせてしまったのだそうだった。

氷河が、師であるカミュに きつく当たれないのは当然。
そして、シュラが カミュに厳しく当たれないのは、同病相憐れまずにいられないところがあるから――であるらしい。
「突然 現世に生き返らされたんだ。カミュだって、俺同様 金はない。サガの乱では、サガに与していなかったから、俺と違って 聖域への反逆者扱いはされておらず、おかげで 城戸邸に居候させてもらうことはできているが、俺みたいにバイトをしているわけでもなく、無職で稼ぎがないのは事実。そんな立場にある男が、お金の大切さを、未就学児童に説かれたんだぞ。立ち直れるか、普通? 黄金聖闘士の誇りも粉々だ」

――という、経緯と事情の説明を受けた瞬の口を突いて最初に出てきた言葉は、
「師弟揃って……」
だった。
視線が、我知らず、カウンターの中にいる氷河の方に移動し、そこで止まる。
氷河は気まずそうに脇を向き、それから、ふいに思い立ったように(わざとらしく)棚に置いてあったグラスを手に取って 磨き出した。
何をしていても、瞬の視線が自分に突き刺さっていることは、氷河には感じ取れていただろうが。

氷河やカミュが、山より高く、海より深い愛を抱いて生きている男たちだということは、瞬とて よく知っていた。
その愛が、彼等の美点であり、彼等を彼等たらしめている特性であり、彼等の存在意義ですらあることも わかっている。
けれど、大人が子供に示す愛は、何よりもまず、子供がしっかりと大地を踏みしめて歩いていけるようにすることなのだ。

氷河やアイザックに対しては、『強い男に育てなければ』という責任感や義務感もあって、少しは抑えられていたのだろうが、なにしろ ナターシャは女の子。
それも、悲しい生い立ちを その細い肩に背負いながら、健気に必死に生きている、まさに愛すべき少女。
何があっても、どんなことをしても、ナターシャを幸せな お姫様にしてやらなければならないと、カミュは強く思ったのだろう。
悪意がないから困るのだ。カミュの愛情表現は。氷河のそれと同じように。






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