「すみません。お待たせしてしまいまして……」

大人の声。
善意と悪意が適度に混じり合った ごく普通の大人の存在に 感謝したのは、これが始めてだ。
グラード財団の視察団の許に、お迎えがやっと やってきた。
外務省と総務省と産業省から、次長クラスの役人が一人ずつ三人。
その三人が、僕に向かって 最初の一歩を踏み出した瞬と 僕の間に割り込んできてくれた。
助かった。
瞬たちが 僕の力に気付くとは思えないけど、彼等の注意を引かないに越したことはない。

三役人が遅れて来たのは、瞬たちが、グラード財団総帥の肝煎りで派遣されてきた、いわば総帥の直臣だから(と察したから)みたいだった。
彼等の判断と言葉を、グラード財団の総帥は そのまま信じて受け入れるだろうってほど懇意で、お気に入り。
そんな人物と、あの馬鹿王子たちを会わせるのは、ルリタニア王国にとってマイナスにしかならないのではないか。
――と、三役人は迷い、決めかねて、それで ここに出迎えに来るのが遅れたらしい。
馬鹿か。
そんなこと、昨日のうちに決めておけよ。

国王が元気なら、王が出席する歓迎の場を儲けて、王子たちは無視すればいいが、今、ルリタニア王国の国王は病の床に就いている。
はるばる日本からやってきてくれた賓客に、王室の者が一人も直接 会わないというのは、あまりに失礼。
しかし、王に代わって馬鹿王子たちが賓客に会い、それで何か問題を起こしてしまったら、事態は より悪くなる。
――と、悩んでいたわけだ。つまり。

大抵の人間は、ルリタニアの名は知らなくても、グラードの名は知っている。
先進国に暮らす人間は、特にそうだろう。
そんなグラード財団のエネルギー開発部門が、再生エネルギー共同開発のパートナーとして、我がルリタニア王国に白羽の矢を立てたのは、我が国にある湖で、バイオエタノール燃料の材料となるアオサが異様に繁茂している事実が発見されたから(発見したのは、グラード財団だ)。
水が合ってるのか、未知の微生物の存在ゆえか、とにかく成長スピードが尋常ではないらしい。
財団は、湖の岸に大きな研究所を建てて、その研究と開発と商品化をしたい。
そのために、ルリタニア王国の許可と協力を必要としている。

ルリタニア王国としても、グラードの経済力と科学力は魅力的だ――魅力的すぎる。
うまくすれば、地球のエネルギー問題と温暖化問題を解決できる大プロジェクト。
ルリタニアの自然は そのままに、その自然を研究したいというグラード財団のエネルギー開発部門の研究趣旨に、ルリタニア王国は一も二もなく賛成した。
地球のためになり、ルリタニア王国の益にもなる。
自然を守ったままの繁栄発展。
ルリタニアの発展に、これほど理想的な形があるだろうか。

グラード財団との共同開発計画のための話し合いは順調に進展し、いよいよ本格的に研究施設の建築に取り掛かろうとしていた時に、国王が倒れてしまった。
その王の息子たちは、エネルギー問題にも地球温暖化にも 興味なし。
双子王子は、観光パンフレットやインターネットに自分たちの写真が載って、イケメン王子と騒がれることにしか興味がない。
10年後の我が国のため、50年後の地球のためと訴えても、あの馬鹿王子たちは、明日 着る服の方が大事だと言い返してくるだろう。

「本当に お待たせして申し訳ありません。ご存じかとは思いますが、我が国の王は 先月から 病に臥せっておりまして、代理に 王子たちから 皆様に ご挨拶をと思ったのですが、来期の観光パンフレット用の撮影が長引いて終わる気配がなく――。なにぶん、我がルリタニア王国は、農林水産業以外に これといった産業もなく、観光業で成り立っているような国で、ペテルギウス殿下とリゲル殿下は、我が国の貴重な観光資源といっていい存在なのです。申し訳ありません」
王宮の庭園で カメラマン相手にカッコつけている馬鹿王子たちを半分 見せ、半分 隠すようにして、三役人は平身低頭。

[ あんな、見るからに脳足りんな男共に ゴアイサツなんぞしてほしいわけではないが、庭から ここまで、どんなにトロくても 3分で来れるだろう。
それで、『こんにちは』と言って、終わり。
ゴアイサツが、そんなに難しいものか? ]


氷河がそう思うのは、至極尤も。
だけど、そのゴアイサツを、あの馬鹿王子たちがちゃんとできるかどうかは、実に難しい問題なんだ。
グラード財団総帥の寵臣のルリタニアに対する印象を悪くすまいと 恐縮しきって平身低頭の三役人に、瞬は――瞬の方が恐縮する。

「あ、いえ。皆さん、誤解です。何か、誤解されてます。僕たち三人は、視察団のおまけみたいなものですから、お気遣いなく。沙織さん――いえ、グラード財団総帥は、現場の人間の意見を重視しますから、実務レベルの 擦り合わせで、解決できない大きな問題さえなければ、プロジェクトは予定通り続行遂行したいと考えています」
「は?」
「僕たち三人は、共同開発プロジェクトの開始に伴って、より一層 日本とルリタニアの交流を促進するために――つまり、エネルギー開発と一緒に、旅行業でも一儲けするべく、新しい観光ルートの模索に 物見遊山で来ただけなんです」

[ 沙織さんが案じているのは、ルリタニア王国の王位継承。
その ついでに、ナターシャちゃんに海外旅行をさせてあげたいと思ってくれただけなのだと思うけど……。
ナターシャちゃんの海外旅行がメインで、王位継承の確認の方が ついでなのかな。
どっちも大事なことだよね ]


「そ……それなら、殿下たちと会っても、特段の支障は――いえ、殿下たちは、エネルギー開発については、全く興味がない――いえ、あまり造詣が深くはないのですが、観光業の方は熱心ですし、少しは わかりますし――」
「そうなんですか?」

失言。また失言。
三役人たちが さっきから馬鹿な真似ばかりしてるのは、瞬が綺麗だから。
そして、氷河が恐いから。
さっき 瞬が僕の方に来ようとした時には、僕も馬鹿みたいに慌てたから、今ばかりは、僕も
三役人を無能と決めつけて責める気にはなれない。

[ この方たち、大変そう ]

『気にしないで』と言葉にすれば、かえって気にするだろう――と、瞬は 三役人を気遣ったみたいだった。
その気遣いを、瞬は思考にすらしなかったけど。
瞬は、苦労性の三役人に にっこりと微笑んだだけだった。






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