俺が知りたいのは、瞬が無事かどうか、瞬が今 どこにいるのかということだ。 なのに、この医者は、星矢のこと、紫龍のことは教えてくれるのに、瞬のことは教えてくれない。 もしかして、故意に? 本当に、瞬に何かあったんじゃないだろうな。 だから、わざと瞬のことだけ話さないんじゃないだろうな? かなり――かなり 本気で 真剣に 深刻に、俺は不安になった。 もう体裁なんか気にしていられない。 そもそも 俺が体裁を気にして何になるんだ。今更。 「瞬……は……」 「なに? 何か欲しいものがある? アルコールや血糖が急に上昇するものは駄目だけど、それ以外に何か食べたいものがあって、食べられるようなら――」 「そうじゃなくて、瞬は……」 「なに?」 「……」 この段になって、俺は、瞬に似た この人の対応が変――というか、反応が変だということに気付いた。 俺は、俺の瞬が どこに いるのかを知りたいんだ。 それを訊こうとしてる。 だが、この医師は、俺が『瞬』と言うと、『なに?』と答えていないか? まるで、瞬に似た この人の名が『瞬』であるように。 「瞬」 ベッドの上に上体を起こし、俺は 念のために もう一度、瞬の名を口にした――瞬を呼んでみた。 瞬に似た人の返事は、今回も『なに?』だった。 「なに? 氷河、さっきから どうしたの? 僕、何かした?」 俺に『瞬』と呼ばれて、こう答える人間は誰だろう。 この人が瞬でないなら、『瞬に用なの?』とか『瞬は今、いないよ』とか、そういう答えが返ってくるものだろう。 もし この人が 瞬を知らないなら、『瞬って、誰?』だ。 だが、そんな答えは返ってこない。 これは つまり、そういうこと。 この人が瞬だということ。 それは そうだ。 瞬が――あの 奇跡のように澄んだ瞳の持ち主が二人もいるはずがない。いるわけがなかったんだ。 そういう結論に至って、心のどこかで ほっとしていた俺は、これまで星矢たちに幾度 そうだと言われても認めずにいたんだが、やはり どこかのネジが1本 抜けている男なんだろう。 ほっと安堵の胸を撫でおろしてから、俺は 慌てて、自分に発破をかけたんだ。 『おまえ、もっと ちゃんと驚けよ!』と。 俺としては、俺に そんなことを言われなくても、ちゃんと驚いているつもりだったんだが。 まあ、ちゃんと驚けば、それで問題が解決するというわけでもないからな。 一応、俺は、俺なりに ちゃんと驚いて、それから 現状を正しく把握し、理解し、解決すべき問題を洗い出して、その解決策を講ずることにした。 で、まず、現状の把握と整理だが。 今、俺が寝ているベッドの枕元にいる この人は、大人になった瞬だ。 あの可愛いかった瞬が この美人になっているのは、さすがで当然だと思うが、大人になっても この瞳とは。 汚れ一つなく、淀み一つなく、濁り一つなく、澄み切った この瞳は尋常のことじゃない。 しかも、大人になった瞬は 医者――医師なんだよな? アテナの聖闘士で医師。 才色兼備どころじゃない。才色智勇徳 兼備。 瞬だから『さすがは瞬』で済むが、瞬でなかったら、『いくら何でも、設定盛りすぎだろ』と呆れるところだ。 瞬は大人。 俺は ひよっこ。 考えられるパターンは。 俺が 異世界に来た。 もしくは、タイムスリップして 未来に来た。 その どちらかだ。 ――タイムスリップはないか。 もし俺がタイムスリップして未来に来てしまったのなら、ここには大人の俺がいるはずだ。 なのに、14歳の俺を見ても、瞬は驚いていない。 ということは、この世界では、瞬は大人で、俺はガキなんだ。 ここは そういう異世界。そういうパラレルワールドだってことだ。 で、ここが 俺がいた世界とは異なるパラレルワールドなんだとして、この世界の氷河はどこだ? この世界の どこか違う場所で遊んでるのか? それとも、俺が来たせいで、この世界の氷河は別の異世界に弾き飛ばされてしまったのか? この世界に来たのは、俺だけか? 俺の瞬も、この世界のどこかにいるってことはあり得るんだろうか。 この世界に、俺の瞬はいないのか? 俺の瞬、俺の13歳の可愛い瞬は。 いや、大人になった瞬だって美人だし、俺の瞬みたいに 優しくて強いんだろうけど、でも、この瞬は 俺の瞬じゃない。 瞬に変わりはないんだからって、この瞬に 胸をときめかせたりなんかしたら、それは俺の瞬に対する不貞、不誠実というものだ。 まあ、俺の世界の俺と俺の瞬は、今のところ まだ、ただの仲間で、ただの お友だちにすぎないんだけどな。 この世界の氷河と瞬も、やっぱり ただの仲間で、ただの お友だちなんだろうか。 ……そうなんだろうな。 医者ってことは、この世界の瞬は 最低でも 25、6。へたすりゃ、30だって超えてるかもしれない。 俺が14なら、倍も大人だ。 つーか、この世界の他の奴等はどうなってるんだ? 瞬だけが年上で、俺や星矢や紫龍はガキのままなのか? それとも、星矢や紫龍も大人になってて、俺だけがガキのままなのか? 一輝は、どうなっていても 代わり映えしないだろうから、どうでもいいが。 いや、一輝に限らず、星矢も紫龍も そんなことはどうでもいい。 星矢たちがガキだろうと 大人だろうと、そんなことは、どっちでもいい。 そんなことはどうでもよくて、俺は元の世界に帰りたい。 どうすれば 俺は元の世界に帰れるんだ? 帰る方法はあるんだよな? 永遠に このままなんてことはないよな? |