…………。 今、俺は、ものすごく不吉で、救いがなくて、悪夢のようなことを考えたような気がする。 頭と頬から血の気が引いて、もう一度 ベッドに倒れ込みそうになり――実際、俺は そうしようとしたんだ。 横になって、目を閉じて、現状を打破する方法を考えようとした。 ベッドに横になる前に、部屋のドアが開いて、二人の男が入ってきたせいで、俺は そうするタイミングを逸してしまったんだが。 部屋に入ってきた二人の男というのは、もちろん(?)、仲間が意識不明の重体だっていうのに優雅に花見に行っていた星矢と紫龍だった。 「やっぱ、気がついてたかー」 ベッドに上体を起こしている俺を見て、星矢が全く深刻な響きのない呑気な声を響かせる。 どうやら星矢は、部屋に入ってくる前から、俺が意識を取り戻していることを知っていた――らしい。 俺の意識が戻ったのを察して 花見を切り上げてきたのか、花見から帰ってきたら 俺の意識が戻っていただけなのかは知らないが、その呑気な声から察するに、星矢は、俺のことを“殺しても死なない奴”程度に思っていて、大して心配もしていなかったんだろう。 その呑気な声の主――星矢は ガキのままだった。 いや、歳をとってるのか、もしかして? 「氷河の意識が戻ったようだったから、ナターシャを連れて帰ってきたぞ。今、春麗と一緒に、沙織さんのところに挨拶に行っている。氷河に会わせても大丈夫そうか?」 瞬に そう尋ねる男の髪は、相も変わらず無意味に長い。 紫龍は、間違いなく歳をとってる。30を幾つか超えていそうだ。 それで、この髪。 まともな大人をやれているのか、こいつは。 ともかく、中身はどうか知らんが、外見で判断すると、紫龍は30を過ぎている。 瞬は20前後に見えるが、医者をしてるんだから、20代後半。 星矢は、16、7といったところかな。 一輝は――あいつは、この世界でも、風来坊らしい。 ま、あいつの歳なんて、考えるだけ無駄だ。 奴は15の時から 40男の風格を醸していたんだから、この世界でも そんなもんだろう。 そして、俺は14。 この世界では、俺がいちばん年下なのは確かだ。 どうなってるんだ、この世界は。 ――。 どうなってるも、そうなってるもない。こうなってるんだ。 この世界では 俺と いちばん歳が近いらしい星矢が、ベッドで ぼうっと そんなことを考えてる俺に、心配してるんだか 怪しんでるんだか判断の難しい顔を向けてくる。 しばし 俺の顔を観察してから、星矢は、もともと端正とは言い難い顔を、更に更に くしゃりと歪めた。 「瞬。氷河は ほんとに大丈夫なのか? なんか、ぼんやりしてるぞ。いや、いつも ぼんやりしてる奴だけど、今日は格別 間抜けっぽいっつーか 何つーか」 星矢。 俺より ちょっとばかり年上だからって、言いたいことを言ってくれるじゃないか。 年上といっても、せいぜい3つか4つ。 おまえも俺も、“未成年”で一括りの同類項だろうに。 その点、瞬は、“年上だから”なんて、そのこと自体には何の意味もない事実に驕って、傍若無人な態度に出たりしない。 「氷河は、今 意識が戻ったばかりだから、混乱してるんだよ」 人当たりの やわらかい瞬の 思い遣りにあふれた その推察は、ある意味では正しい。 だが、ある意味では間違っている。 俺は、“意識が戻ったばかりだから、(意識が)混乱している”わけじゃなく、“見知らぬ世界で意識が戻ったから、どう対処すればいいのか わからず困っている”んだ。 だが、優しく俺を庇ってくれた瞬に『それは違う』とも言いにくく――結局、俺は、沈黙することを選んだ。 星矢も――この星矢が 俺の知ってる星矢と同じ人間性の持ち主なら――口が悪いだけで、仲間を心配してないわけじゃないはずだ。 この星矢は――どうなんだろう。 悪い奴ではないように見えたが、この世界の星矢は、俺を腐すような言葉を重ね続けた。 「でも……氷河の小宇宙、妙に弱くねーか?」 だの、 「なんか、怪我する前の10分の1程度しかねーぞ」 だの。 この星矢は何を言っているんだ。 俺は今、これまでに経験したことがないほど、自分の小宇宙を強大だと感じている。 燃やそうと意識していないのに、事実 燃えていないのに、俺の小宇宙は強大だ。 それこそ、黄金聖闘士並みに。 これは怪我の功名という奴なのか? ジェンナーの種痘法みたいなものだろうか。 わざと軽い病気に罹って、より深刻な病気の抗体を作るように、俺は瀕死の重傷を負い、そこから復活することによって、小宇宙の強さを増したのか? ……なんだか、不死鳥の復活のエピソードのようだな。 不愉快だ。 忘れよう。 不死鳥はともかく、今 俺が 自分の小宇宙を 滅茶苦茶強大だと感じているのは、紛う方なき事実だ。 俺は今、俺史上 最高に強い。 最高に調子がいい。 それがわからない瞬ではないと思うんだが、瞬は なぜか、星矢の“俺の小宇宙が弱い”という評価を採用した――らしい。 瞬は心配そうに、星矢に頷き、 「ちょっと様子見をするよ。今日にでも 家に帰ろうかと思ってたんだけど、もう しばらく ここにいた方がいいかもしれない。紫龍、ナターシャちゃんを もう一日、預かってもらえるかな」 「春麗が喜ぶから、うちは構わんが」 「あ、じゃあ、俺たち、ナターシャが ここに来ないように 止めに行った方がいいんじゃないか? 氷河を探り当てるナターシャの嗅覚は、犬並みだからな。同じ家の中にいたんじゃ、ナターシャは すぐに氷河を見付けちまうだろ」 「うむ」 ナターシャというのは、何なんだろう。 預けられて喜ぶというんだから、犬か猫か。 “犬並み”というんだから、猫の方だろうな。 その猫が怪我人にじゃれつくのを阻止するために(多分)、星矢と紫龍は部屋を出ていった。 アテナの聖闘士が二人掛かりでないと阻止できない猫というのは、どれだけ巨大な猫なんだ。 それとも ゴールディのお仲間でもいるのか、この世界には。 ――いるのかもしれない。 |