優しい気持ちになる暖かな晴れた日。
このまま まどろむように自分の命は終わるのだと思っていたのに、うとうとしかけていたナターシャの意識の中に、やわらかな微風が流れてくる。
家の外に何かがいる。
私に会うために、誰かが来た――。

庭のブドウ棚と大きなイチジクの木が自慢の、煉瓦と石でできた、ささやかな家。
その家に 聖域から使いが来たことを、家の外にいた村人が ナターシャの枕元に詰めていたナターシャの子供たちに知らせてきた。
「乙女座の黄金聖闘士が、母さんの見舞いに? それはどういうことだ?」
ナターシャの長男は、50を少し超えた壮健豪胆な男で、この村の村長を務めている。
村は聖域との関わりが深く、村長は その内情にも通じていた。
乙女座の黄金聖闘士が、長いこと 聖域に不在だということも、彼は承知していた。

「乙女座の黄金位は、水瓶座、射手座、天秤座、獅子座と共に、この70年 ずっと空位のままだったはず。アテナが次代の黄金聖闘士を指名したのか?」
「指定はできないだろう。聖衣が聖域に戻っていないのに」
と 村長に応じたのは、聖域の各宮の維持管理を任されている彼の弟だった。
ナターシャの三人の子供たちが 母の枕元を離れようとしないので、彼女の孫である村長の息子が、 聖域からの来訪者の話を聞くために 家の外に出る。
まもなく彼は、慌てた様子で父と伯母叔父の許に戻ってきた。

「乙女座の黄金聖闘士が生きていた? まさか」
「でも、おばあちゃんから聞いていた通りの人が来てるんだ。驚くほど綺麗な目をした特別な美人――って」
「乙女座の黄金聖闘士は、母さんより20歳以上 年上のはず。生きていれば100歳近い老人だぞ。聖闘士でいられるはずがない」

自分たちの母が幼い頃、聖域で暮らしていたことは知っている。
戦場を さまよっていたところを 水瓶座の黄金聖闘士に救われ、彼を父として育った。
当時 聖域にいた黄金聖闘士は、水瓶座、乙女座、射手座、天秤座、獅子座の五人。
幼いナターシャが聖域で暮らすようになってから数年後、そこに牡羊座の黄金聖闘士が加わった。
そして、その頃、この世界は滅亡の危機に瀕したのだ。



70年前、乙女座、水瓶座、射手座、天秤座、獅子座の聖闘士は、この世界を救うために旅立った。
聖域に、比較的 若輩だった牡羊座の黄金聖闘士を残して。
そして、それきり 彼等は帰ってこなかった――と言われている。
彼等だけでなく、彼等が まとっていた黄金聖衣も。
黄金聖衣は、その資格を有する者に 女神アテナが与えるもの。
持ち主が死ぬと、聖衣は 聖域のアテナの許に戻ってくるはずである。
にも かかわらず、黄金聖衣は聖域に戻ってこなかった。

当時は、黄金聖衣が戻っていないのだから、その聖衣をまとった者たちは 死んでいないのではないかと考える者もいたらしい。
だが、あれから、70年。
70年前に死んでいなかったとしても――70年前は生きていたのだとしても、だとしたら、五人の黄金聖闘士たちは 既に100歳近い高齢。
年老いて死んでいるはずである。

人づてでは埒が明かないと判断して、家の外に出たナターシャの二人の息子に、
「ナターシャちゃんが……こちらがナターシャちゃんの住まいだと聞いてきたのですが……」
と尋ねてきた乙女座の黄金聖闘士(?)は、彼等の子供たちと同年代。
20歳を超えているのかどうかさえ 怪しい若さ。
彼等から見れば、立派に“子供”といっていい姿の持ち主だった。






【next】