70年前。
世界は滅亡の危機に瀕した。
一般人には、この世界が平らではなく丸い星の上にあるということは知らされていなかったが、ともかく、この世界のある場所――地球という星のエネルギーが尽きかけていた。
『星が正気を失いかけていた』という言い方の方が、状況を より的確に表しているかもしれない。

自転の速さが異様に遅くなり、一日の長さが長くなった。
24時間が30時間ほどに。
夜が長くなり、昼が長くなったことによって、昼夜の寒暖の差が大きくなり、その変化に適応できなかった多くの動植物が死んでいった。
かと思うと、ある時から 急に自転のスピードが速くなり、一日の長さが従来の半分近くにまで短くなったりもした。
速すぎる自転速度は、地球の重力にも影響を及ぼし、順応力に乏しい動植物だけでなく、人間を含む すべての生き物が その身体に変調をきたした。
人間の変調は、心にも及んだ。
地震、火山の噴火、海の水位の極端な上昇または下降。
星は活発に変化変動しているのに、星の上にある命は、動物も植物も、減少と弱化の一途を辿っていた。

星の発狂の原因は、地球上で生きている多くの命が、地球の命を食らっているせい――食らい尽くそうとしているせい。
つまり、人間が増え過ぎたせいだった。
神の数億倍の数の人間が地球を貪るのをやめれば、地球は その命を保つことができる。
大神ゼウスは、地球という星の命を守るために、人間を滅ぼすことを決意。
アテナ以外の主だった神々も、ゼウスの決定に賛同した。
人間を滅ぼすか、人間を滅ぼすことなく共に滅びるか。
道は その二つに一つなのだから、神々が前者の道を選んだのは 至極当然のことだったろう。

その神々の決定を翻させるために、聖域の五人の黄金聖闘士たちは 地球を救うエネルギーを求めて、異次元宇宙に旅立ったのである。

必ず 守る。
必ず この世界を救う。
ナターシャを、ナターシャの生きる世界を、ナターシャの未来を守る。
そして、『必ず 生きて帰る』とナターシャに約束して、水瓶座の黄金聖闘士は 彼等の仲間たちと共に旅立った。

無限にある異次元の宇宙。
その中から 命が生まれなかった地球を見付け、その星のエネルギーを自分たちを媒体にして、故郷の地球に送り込む。
故郷の星が滅びる前に。
これ以上は待てないと判断したゼウスが、すべての人間を滅ぼしてしまう前に。

時間は限られており、異次元宇宙は無数で広大無辺。
それは、光速で動く力を持つ五人でなければ不可能な任務。光速で動くことのできる五人なら可能かもしれない任務だった。

地球に、どこからかエネルギーが流れ込み始めたのは、五人が旅立ってから半年後。
エネルギーの流入は5年続き、やがて地球は完全に再生した。
そして、にもかかわらず、五人の黄金聖闘士たちは 故郷の星に帰ってこなかったのだ。

ここから先は 推論である。
異次元の地球のエネルギーを 別の次元の地球に送ることで、死に瀕していた別次元の星は再生した。
五人の黄金聖闘士たちは、異次元で 命を生まなかった地球を見付け、そのエネルギーを元の次元の地球に送ったが、そのために異次元の地球の周囲には エネルギーの真空地帯ができたのだろう。
圧力ゼロの絶対真空に近い空間が生じ、五人の英雄たちは そのエネルギーゼロ空間に吸い込まれてしまったのだ――。

大好きなパパと その仲間たちが帰ってこない理由を、牡羊座の黄金聖闘士は、そう説明してくれたが、ナターシャには彼の説明の内容が全く理解できなかった。
ナターシャに わかったのは、世界を救い ナターシャを守るために、パパが命をかけたこと。
事情を知る聖域の人間たちと神々が、パパたちの英雄的行為を称賛し、感謝していること。
そして、『必ず 生きて帰ってくる』と約束したパパが、その約束を守ってくれなかったことだけだった。


それから、70年。
その乙女座の黄金聖闘士は、自分が、70年前に世界を救うために旅立った聖闘士の一人だと言った。
その言葉が事実なら あり得ない姿をした乙女座の黄金聖闘士は、真顔で そう言った。
そして、
「ナターシャちゃんに会わせて」
と。






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