貴重な情報提供を お巡りさんに感謝して、俺は、1週間後に出直すことにした。 公園のクスノキ広場での投球練習は続けたかったんだけど、それが 俺の天才美人キャッチャーに ばれたら、きっと 俺は二度と口をきいてもらえなくなるだろう。 それで俺は、2年振りに、あの投球練習ができるバッティングセンターに行ってみることにしたんだ。 2年も経ってりゃ、出禁だって解除になってるかもしれないし、スタッフが変わってて、俺のこと憶えてる奴はいないかもしれない。 出禁のままなら、その時は、30分1500円の料金を払わずに済むと思えば、腹も立たない。 投げさせてもらえたら、このバッティングセンターは、160キロ以上を出せば、ブルペン使用料がタダになるんだ。 それで、2年前は、いかさまをしたのしないのって、スタッフと騒ぎになった。 なんか、あの時のこと 思い出したら、ムカつきより、妙な懐かしさが 込み上げてきて――それで、センターの入口で 中に入るか入るまいか悩んでたら、 「175キロの子?」 って、俺に声をかけてきた おっさんがいた。 ああ、俺への出入り禁止措置は、2年経った今でも継続中か……。 そう思って、俺は、肩をすぼめて Uターン。歩いてきた道を戻ろうとしたんだ。 じゃあ、俺は これから どこで投球練習をすればいいのか。 結構 重い気分で、そんなことを考えながら。 そんな俺を引き留めたのは、 「あの時は悪かったな」 っていう、おっさんの言葉だった。 続いて、 「ちょっと投げていかないか? あの時の詫びに、料金はタダにするよ」 ときた。 その魅惑的な誘い文句に逆らえるほど、俺は プライドのある人間じゃなかった。 生徒が10人しかいない田舎の小学校の校長先生みたいな顔をした そのおっさんは、このバッティングセンターのオーナーで、今から30年くらい前に某球団にドラフト5位指名で入団。 3年かけて やっと1軍に上がったと思ったら、故障で すぐに2軍に逆戻り。 結局、1軍の公式戦には2度 出場しただけで退団することになった、“リトルリーグで全国大会に行ったチームでピッチャー4番だった選手の 最もありがちな経歴の持ち主”(と、おっさんは言った)だった。 野球から離れられなくて、今はバッティングセンターのオーナー。 首都圏に6店舗を展開してるっていうから、野球より経営の才能の方に恵まれてたんだろうな。 プロ1軍で活躍できなかった野球選手の末路って、結構 悲惨な話も多いから、このおっさんは間違いなく成功者だ。 おっさん、野球馬鹿で社会に出たら身を持ち崩しそうな奴の受け皿として、このバッティングセンターを経営してるとこもあるらしい。 つまり、野球馬鹿たちにアルバイト先を提供するため。 2年前、俺が いかさましたって難癖つけてきたスタッフたちも 元野球馬鹿の類で、へたに野球の常識を知ってるから、俺の175キロを いかさまだって決めつけたんだろうって。 野球のルールも知らない可愛い女の子をスタッフにしといたほうが、そういうトラブルも起きないんだが――って 苦笑いして、おっさんは も一度、俺に頭を下げてきた。 俺の天才美人キャッチャーは『ごめんなさい』に こだわってたけど、確かに大事なんだな、『ごめんなさい』って。 おっさんに そんなふうに謝られたら、俺は、許す気になるどころか、俺の方が悪かったような気にまでなっちまった。 あの時は、俺も悪かったんだ。 疑われたことに腹を立てて、お上品な人間なら絶対に口にしないような口汚い単語を連発したし。 おっさんは、俺にブルペンをタダで貸してくれた。 そこに設置されてるスピードガンが 球速175キロを表示して(180キロは超えてなかった)、2年前の騒ぎが 俺の小細工によるものじゃなかったことを証明してくれた。 おっさんは、そして、俺を、あるイベントに誘ってくれたんだ。 おっさんがバッティングセンター常連へのサービスで 毎年 開催してる、野球好きの交流の輪を広げるのが目的のイベント。 おっさんのバッティングセンターの利用者は、小学生から還暦過ぎた爺さんまで幅広いらしいんだけど、その中には、どこのチームにも所属してないけど、伸ばせば光る才能を持つような奴もいて、でも、そういう奴は 自分の実力が どれほどのものなのかわかってない。 『自分なら』っていう自負と、『自分なんか』っていう不安の間で 迷っている。 そんなふうに、プロテストを受けたいけど 自分がどれほどのものかわかってない奴に、プロテストと同じテストをする記録会。 プロテストの模擬試験みたいなもの。 常連客でもある各球団のスカウトたちも何人か来るから、うまくすればチャンスを拾えるかもしれないぞ――って、俺の迷いや悩みを見透かしたみたいに、おっさんは そう言ってくれた。 イベントの開催場所は、光が丘公園野球場A。 開催日時は、次の日曜、午前9時から午後1時まで。 参加者には弁当も出る。 「俺としても、170キロ超えの球を投げるピッチャーが参加して、スカウトが動いてくれれば、話題にもなるし、店の宣伝にもなるから、大いに助かるんだ。どうだ?」 って訊いてくる おっさんに、俺は、 「出たい!」 って、即答した。 俺の答えが『出る』じゃなかったのは、俺の球を受けてくれるキャッチャーの当てがなかったから。 いや、当てはあるんだけど、見込み薄だったから。 でも、俺は、あの人でなきゃ駄目なんだ。 俺が、光が丘公園で出会った天才美人キャッチャーの話をしたら、おっさんは、 「光が丘公園のナターシャちゃんのマーマ? わかった。そっちは、俺がどうにかするから、日曜、必ず グラウンドへ来いよ!」 って調子で、ものを深く考えない(から、不安にならない)のが特技の俺が不安になるくらい、安請け合いをしてくれた。 |