きっと俺は軽蔑された。
たとえ天才美人キャッチャーが見付かったとしても、彼女が 俺のために来てくれるはずがない。
俺は、ほとんど 諦めてた。
でも、たとえ物見遊山で来てるにしても プロ球団のスカウトの前で、キャッチャーのミットじゃなくネットに向かってでも、170キロ超えの速球を投げてみせることができたら、道が開けることもあるかもしれない。
もちろん、捕球できるキャッチャーがいないんじゃ使い物にならないって、引導を渡されることになるのかもしれないけど、それならそれで諦めもつく。

そんな前向きなんだか後ろ向きなんだか わからない気持ちを抱えて、イベント当日、俺は光が丘公園野球場に向かったんだ。
いったい どんな手を使ったのか――。
グラウンドには、俺の天才美人キャッチャーが来ていた。

なんだよ、なんだよ。
バッティングセンターのおっさん、いったい何者なんだよ!
おっさんって、もしかして、関東の顔役とか、経済界のドンとか、裏社会の大物とかなのか?
どきどきしながら、俺はベンチの端っこに隠れるみたいに座って、俺の天才美人キャッチャーを盗み見た。

なんか途轍もない運動能力を持ってるみたいなのに、俺の天才美人キャッチャーはスポーツをしたことがないらしい。
リトルリーグのガキ共も 草野球チーム所属の いい歳した おっさんたちも 野球のユニフォームを着てて、チームに所属してない俺でもトレーニングウェアを着てるのに、俺の天才美人キャッチャーはオフホワイトのポロシャツに濃灰色のアンクルパンツ着用。
どっかのリトルリーグの4番ピッチャーが そのまま大きくなったみたいな童顔男と、穏やかな表情で お喋りしてる。
あの様子だと、来たくないのに 無理矢理 連れてこられたんじゃなさそうだ。
おっさんの魔法に驚いた俺が、忙しそうにイベントの準備してる おっさんの様子を ぽかんと眺めてたら、俺の視線に気付いたおっさんは、俺に超へたくそなウインクを投げてきた。


おっさんのバッティングセンター主催の模擬プロテストの内容は、本物のプロテストと全く同じ。
まず、全員が 50メートル走と遠投。
それから、投手志望はピッチング、野手志望は フリーバッティングと守備のテスト。
俺は、50メートル走は6.5秒、遠投は90メートル。
どっちも、まあまあレベル。
なにしろ俺は、18.44メートルを速く投げる練習しかしたことないから、どうすりゃ球を遠くに投げられるのか、その方法も知らないんだ。

で、いよいよ次は、投手志望の俺のピッチングテスト。
信じられないことに、ほんとに俺の天才美人キャッチャーが、キャッチャーボックスに入ってくれた。
マスクなし、チェストプロテクターなし、レガースなし、ミットだけ。
のんびりキャッチボールするわけじゃないのに大丈夫なのかなって思ったんだけど、俺の天才美人キャッチャーとベンチ脇で お喋りしてた童顔男が、
「ボールの遅さに焦れて 身体や腕を前に出しすぎると打撃妨害になるから、のんびり待つんだぞ!」
なんて、ふざけたアドバイスしやがるから、むかついて、俺は そのままで行くことにした。
相手は、俺の天才美人キャッチャー。
マスクやプロテクターがなくても、俺の超速球も軽く受けとめてくれるのかもしれないって、そんな気がしたから。

実際、彼女は軽く受けとめてくれた。
おっさんがバッティングセンターから持ち込んだスピードガンが169キロを表示。
さすがに マスクもプロテクターもなしの華奢な美人に向かって、俺は 手加減なしの速球は投げれなかったんだ。
でも、それだけでも、十分。
ベンチにいたスカウトたちがざわつき始めた。

そこに、俺の天才美人キャッチャーが、
「チェンジアップではなく、ストレートをどうぞ」
と、余裕のコメント。
さすがは、俺の天才美人キャッチャー。
スカウトたちの注目と関心を集める演出もばっちりだ。
これなら、加減せず 180キロを出しても大丈夫だ。
俺は安堵して、それから興奮した。
俺以外のプレイヤー、観客たち、もちろん、半ば遊びで来ていたスカウトたちも、俺の第一球に驚いてる。
これがチェンジアップなら、本気のストレートはどうなるんだ? と。

よし、じゃあ、俺の本気を見せてやるよ!
そう思うだけで、俺の身体中の血が たぎり始めた。
今日のこのイベントの主役は俺。
ヒーローは俺。
俺の未来は栄光に輝いてる。
俺は、そう確信した。
残念ながら、その確信の時は 僅か1秒足らず。
1秒後には、跡形もなく消え失せちまったが。

俺の第一球を受けた天才美人キャッチャーが、俺にボールを投げ返してくる。
そのボールを、俺は掴めなかった。
速すぎて、見えなかったんだ。
えっ !? と思った瞬間、ボールが 外野フェンスに当たった ものすごい音が聞こえた。
つまり、俺の天才美人キャッチャーは、遠投120メートルを記録して(外野フェンスがなかったら、遠投記録はもっと伸びていただろう)、どう考えても、俺より速い球を投げたんだ。
180キロどころか、へたすりゃ200キロも超えてた。
投げる方向が逆だったんで、スピードガンは速度を測定できなかったみたいだったが。

キャッチャーの投げたボールが、200キロ超の速度で ピッチャーの肩の上を通って、グラウンド外野のフェンスを直撃。
もう それだけで イベント会場全体が 蜜蜂の巣を突いたような騒ぎで、爆発寸前だったんだ。
その 騒ぎに とどめを刺してくれたのは、あのナターシャちゃんだった。
ナターシャちゃんは、噂の超イケメンパパと一緒らしく、外野席の方から、
「マーマ! パパとナターシャ、応援に来たヨー!」
と、子供特有の甲高い声で応援団到着の報告。
ナターシャちゃんは、マーマに向かって何度も大きく手を振った。

ナターシャちゃんが そうやってマーマに合図を送ってる時、ナターシャちゃんのパパが 外野フェンス前に転がってたボールを拾い上げ、キャッチャーボックス内に立っていたナターシャちゃんのマーマに返球。
遠投120メートル。
スピードガンが弾き出した球速は、時速260キロ。
光が丘公園野球場Aは、野球場B、野球場C、野球場Dにいた選手、野次馬観客たちを巻き込んで、熊ン蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。






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